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大阪高等裁判所 昭和61年(行ス)13号 決定

抗告人(相手方) 大阪入国管理局主任審査官

相手方(申立人) 高昌允 外四名

主文

一  原決定主文第一、第二項を取消す。

二  本件申立中、抗告人が相手方高昌允に対し昭和六一年三月一〇日付で発付した退去強制令書に基づく執行につき本案(大阪地方裁判所昭和六一年(行ウ)第二四号)の第一審判決言渡しまでの執行停止を求める部分及び抗告人が相手方白順實、同高輝禎、同高義朗、同高義英に対し同日付で発付した退去強制令書に基づく各執行につき本案(大阪地方裁判所昭和六一年(行ウ)第二四号)の第一審判決言渡しまでの執行停止を求める部分を却下する。

三  本件申立費用及び抗告費用は相手方らの負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨は、主文と同旨の決定を求めるというのであり、その理由は、別紙(一)ないし(三)記載のとおりであり、これに対する相手方らの意見並びに本件執行停止申立の理由は、別紙(四)ないし(六)記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  本件裁決及び本件退去強制令書(以下、本件令書という)発付処分に至る間の手続、右各処分に対する本件取消の訴えの提起、並びに相手方らの国籍、生育歴、生活歴、本邦への出入国の経過、本邦における潜居、残留生活の状況等の事実に関する当裁判所の認定は、左記のとおり訂正、付加するほか、原決定の理由二1及び2に説示するところと同一であるから、これを引用する。

(一)  原決定四枚目表九行目及び同五枚目表七行目の「潜在」をいずれも「潜居」と訂正し、同五枚目裏六行目の「西成区内の」次に「学校法人金剛学園経営の」を、同一二行目の「入国警備官は、」の次に「相手方高及び同白の前記申告を端緒として」をそれぞれ加える。

(二)  原決定六枚目裏一〇行目を次のとおり訂正する。

「(五) 相手方高の父高太岩は、現在、ソウル特別市内においてタイル販売業を経営し、相手方高の弟妹を養つており、また母文彬来は済州市内において海産物卸売業を営み、弟の一人高鳳振も同市内でタイル販売業に従事している。

また、相手方白の母高貞奉及び姉白花實は済州市内に居住し、平穏に生活している。

相手方高についても、同白についても、本邦内において身辺の介護や扶養を必要とし、あるいは経済上の援助をしなければならない親族ないし係累はいない。

(六) 相手方らは、いずれも健康であつて、特段の医療を受けることを必要とする状況にはない。

(七) なお、相手方高は、昭和四八年一〇月一五日ころの不法入国に関する外国人登録法違反の罪により、大阪地方裁判所において、昭和五九年一月三〇日、懲役八月、執行猶予二年の刑に処せられ、また、相手方白は、昭和四七年一一月ころの不法入国に関する出入国管理令違反、外国人登録法違反の罪により、大阪簡易裁判所において、昭和四九年一一月二六日、罰金一〇万円の刑に処せられ、更に昭和五〇年五月七日ころの不法入国に関する外国人登録法違反の罪により、大阪地方裁判所において、昭和五九年一月一三日、懲役一〇月、執行猶予二年の刑に処せられている。

大要、以上の事実が一応認められる。」

2  前叙認定の事実によれば、相手方高及び同白は出入国管理及び難民認定法(以下、法という)二四条一号に、相手方高輝禎、同高義朗及び同高義英は同条七号に該当することが明らかである。

しかして、相手方らは、本件裁決及びこれを前提とする本件令書発付処分については、後記の如き違法事由があり取消されるべきであるから、本件退去強制令書に基づく各執行の停止を求めるというのであり、これに対し、抗告人は、相手方らの本件令書の執行停止を求める申立は、「本案について理由がないとみえるとき」に当るから失当である旨主張する。

ところで、行政処分の執行停止の申立において、行訴法二五条三項の「本案について理由がないとみえるとき」との要件は、申立人において積極的にその主張にかかる当該行政処分の違法事由の存在即ち、「本案について理由」があるとの疎明による立証をすることが要求されるものではなく、相手方(行政庁)の主張及び疎明との対比において申立人の違法事由に関する主張が明らかに失当とはいい難く、右違法事由を争点とする本案において、申立人主張の本案の理由に照らしその勝訴の見込みの蓋然性が否定し難いものと認められれば前記「理由がないとみえるとき」との要件に当らないものと解すべく、この見地において、以下、前記論点について検討する。

(一)  相手方らは、本件各処分は相手方らが本邦内で永年にわたり平穏裡に築き上げてきた生活を根底から破壊し、相手方らに測り知れない苦痛も不利益を与えるものであるから、確立された国際法規である世界人権宣言九条、難民の地位に関する条約、国際人権規約九条、一三条に違反し、ひいては憲法前文及び一三条にも違反する旨主張する。

しかしながら、国家は、国際慣習法上、外国人の入国を常に受け入れるべき義務を負うものではなく、外国人を自国に受け入れ、その入国及び在留を許可するかどうか、許可する場合でもいかなる条件で許可するかは国家固有の権能に属し、条約等の特別の取決めの存しない限り、国家はこれを自由に決定することができるものとされているのであり、世界人権宣言や国際人権規約も、とくに世界人権宣言一三条、国際人権規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)一三条などに照らし、右の国際慣習法上の原則を当然の前提として外国人の入国の制限の権限を各国に留保したうえ制定されたことが明らかであるから、右宣言や規約も、右国際慣習法に則り我が国における出入国関係を規律する法として定立された前記出入国管理及び難民認定法(前記の法)に基づく本件各処分の効力を直接に左右するものとはいえない。そして、世界人権宣言は勧告にとどまり法的拘束力はなく、憲法前文も具体的な行政処分の効力如何を直接に規律するものとはいえないから、本件各処分の効力を左右するものではない。

次に、前叙の疎明事実によれば、相手方高は昭和四八年一〇月ころ出稼ぎの目的で本邦に不法入国したものであり、相手方白は昭和四七年一一月ころ出稼ぎの目的で本邦に不法入国したが、右不法入国及び残留の事実が発覚し退去強制手続を受けるや、入国審査官の認定に服して自費出国しながら、昭和五〇年五月ころ再び本邦に不法入国したものであり、右相手方らが本邦に入国するに当つては、不法入国の事実が発覚すれば退去を強制されるであろうことを十分認識しながら入国したものと推認するに難くなく、また相手方高及び同白が本邦において潜居していた期間はいずれも一〇年余にわたり、その間に両名婚姻して相手方輝禎らを儲け、前叙の如き財産を形成するに至つたものではあるが、右潜居生活は本邦において違法な残留状態の継続として営まれたものであつて財産形成もこれによりなされたものであるに過ぎず、これを目して相手方らが本邦において合法裡に生活基盤を築くに至つたものとは認め難い。従つて、相手方らが不法入国者として退去を強制され、本邦における生活を中断するのやむなきに至り、それによつて苦痛、不利益を被ることがあるとしても、それは当初から客観的に予測することができた事柄であり、結果であつて、受忍すべきものといわねばならない。

本件処分によつて相手方らにもたらされる結果をもつて、直ちに憲法一三条の条規ないし趣旨に違反するものということはできない。

なお、本件記録によつても、相手方らが難民の地位に関する条約一条にいう「難民」に当るとは認め難く、法六一条の二所定の難民の認定を受けたものでもないことが明らかであるから、本件各処分が右条約に違反するとする相手方らの主張は、前提を欠き理由がない。

(二)  相手方らは、本件裁決及び本件令書発布処分は、相手方らに対し何ら納得のゆく合理的な理由を示すことなくなされたものであつて、憲法三一条に違反すると主張する。

しかしながら、法二四条各号違反者に対する退去強制手続、就中、違反調査、審査、口頭審理、異議の申出、裁決及び退去強制令書の発付手続については、法第五章の第一節ないし第三節に詳細な規定が設けられており、右規定は憲法三一条の適正手続の要請を満たしているもの(なお、国際人権規約九条の要求も満たしている)と認められるところ、前叙の疎明事実によると、相手方らは、入国警備官より法二四条一号及び七号に該当する疑いがあるとして違反調査を受け、更に入国審査官による審査の結果、同条一号あるいは七号に該当する旨の認定、通知を受けるや直ちに右認定に対し口頭審理の請求をしたこと、右請求に基づき特別審理官は相手方らについて口頭審理を行い、右審理の結果に基づき、昭和六〇年一一月二九日及び三〇日、相手方らに対し、入国審査官の右各認定には誤りがない旨の判定、通知をしたこと、相手方らは法務大臣に対し右判定について異議の申出をしたが、法務大臣は、昭和六一年三月三日、相手方らの右異議の申出はいずれも理由がない旨の本件裁決をしたこと、そして主任審査官は同月一〇日、相手方らに対し法務大臣の右裁決結果を告知するとともに、同日、本件令書を発付したことが明らかであるから、本件裁決及び本件令書発付処分については前記法の規制に従つた手続が履践されたものというべく、手続上の瑕疵があつたとは認め難い。本件裁決及び本件令書発付処分が憲法三一条に当るとはいえない。

(三)  相手方らは、相手方らの経歴、入国目的、在日中の生活態度、経済状態、相手方輝禎らの教育等を考えると、法務大臣は相手方らに対し人道的見地からの配慮をなし法五〇条一項所定の在留特別許可(以下、特在許可という)を付与すべきであつたのにかかわらず、これを付与することなく、本件裁決をしたものであるから、本件裁決には裁量権の範囲を逸脱したか又は裁量権を濫用した違法がある旨主張する。

しかしながら、前叙の疎明事実によれば、相手方高及び同白はいずれも出稼ぎ目的で本邦に不法に入国したものであるに過ぎず、相手方白が、その主張の如く、右入国当時、韓国において政治的に迫害されている状況にあつたとは認め難いこと、相手方らの本邦における一〇年余にわたる生活も、前記のとおり違法な残留状態の継続としてなされたものであつて、本来法的保護を要求できる筋合のものではないこと、本邦には相手方高及び同白において介護、扶養し、あるいは経済上の援助を必要とする親族、係累はいないこと、相手方らはいずれも健康であつて、本邦において医療を受けることを必要とする状況にはないこと、相手方高及び同白の年齢、健康状態、本国における前叙生育歴及び生活歴、本邦における生活実態及び稼働状況からすると、右相手方両名はいずれも十分な稼働能力を有していることが明らかであり、本国においては相手方高の父母及び弟が事業を営み、経済的にも相当の生活をしており、また相手方白の母や姉の一家も然るべき生活をしているのであるから、相手方らは本国において一家の生計を維持するのにさしたる支障はないものと推認されること、なお相手方高は本邦において稼働した結果、前叙の如き財産を取得するに至つたが、これを換金すれば本国における生計維持の一助とすることも可能と考えられること、相手方輝禎らはいずれも本邦において出生し生活してきたものであるけれども、相手方輝禎及び同義朗は小学生であり同義英は保育園児であつて、父である相手方高及び母である同白の監護養育を受けている身であるから、父母が本国に帰国の場合は父母と行動を共にすべきものであり、本国の生活になじむのも容易であると推認されること、また同輝禎は韓国系の学校法人金剛学園の経営する小学校に在学中であつて韓国におけると同様の教育を受けているものと推測されるのであり、同輝禎ら三名が帰国し本国の教育機関等において教育あるいは保育を受けることになつても、右三名の教育上、保育上、特段の不利益を生ずるとは考えられないこと、その他本件記録によつて窺いえられる諸般の事情に徴すると、本件裁決が人道上の配慮を欠いているということはできない。そして、法務大臣が行う法五〇条一項三号の特在許可が、法務大臣の自由裁量に属する処分であり、当該外国人の在留状況等の個人的事情のみならず、公安、衛生、労働事情等の国内事情及び国際情勢、外交政策等の対外的事情をも総合的に斟酌、勘案してなされるものであつて、その裁量の範囲が極めて広いことに鑑みると、法務大臣が相手方らに対して特在許可を付与せず本件裁決をなしたことが、その裁量の範囲を逸脱し、または、裁量権の濫用として違法であるということはできない。

(四)  相手方らは、法務大臣に対する異議申出者の七割以上の者に対して特在許可が付与されているという過去の行政実態あるいは行政先例の存在に照らすと、他に何ら特段の事情が存在しないにもかかわらず、相手方らに対し特在許可を付与しなかつた本件裁決は、憲法一四条、国際人権規約B規約二六条の平等原則に違反する旨主張する。

しかしながら、法務大臣への異議申出者に対する特在許可付与の過去の行政実態ないし統計的数値がおおむね相手方ら主張のとおりであることは本件記録により疏明されるところであるけれども、本来、法五〇条一項三号の特在許可は、前叙のとおり、法務大臣が広範な自由裁量に基づいて各事案毎に個別的に判断し決定するものというべきであるから、右の如き行政実態ないし統計的数値をもつて類型的に行政先例ないし許可基準の存在を即断することは相当でない。従つて、右主張は前提を欠くものである。そして、前叙のとおり、本件事案の具体的事情に則して考察すれば、法務大臣が相手方らに対し特在許可を付与しなかつたことについて、裁量の範囲の逸脱または裁量権の濫用があるとは認め難いのであるから、相手方らの右主張は失当というべきである。

3  以上のとおり、相手方らの主張する各論点に則して検討しても、本件裁決が違法であるとはいい難く、従つて右裁決を前提とする本件令書発付処分もまた違法であるということはできない。

そうすると、相手方らの本件停止の申立は、行訴法二五条三項の「本案につき理由がないとみえるとき」に該当するものと認めるのが相当であり、相手方高昌允の本件申立中、本件令書に基づく執行のうち送還部分の執行停止を求める部分及び相手方白順實、同高輝禎、同高義朗、同高義英の本件各申立中、本件令書に基づく各執行につきその停止を求める部分は、いずれも、その余の点につき判断するまでもなく失当であり、却下を免れないものといわねばならない。

よつて、右とその趣旨を異にする原決定主文第一、第二項は失当であつて、本件抗告は理由があるから、原決定主文第一、第二項を取消し、相手方高昌允の本件申立中、本件令書に基づく執行のうち送還部分につき本案の第一審判決言渡しまでの執行停止を求める部分及び相手方白順實、同高輝禎、同高義朗、同高義英の、本件令書に基づく各執行停止を求める申立をいずれも却下し、本件申立費用及び抗告費用は相手方らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 廣木重喜 諸富吉嗣 吉川義春)

別紙(一)

抗告の理由

原決定は、本件退去強制令書(以下「退令」という。)に基づく執行のうち被抗告人高昌允について送還部分の、その余の被抗告人について退令の各執行の第一審判決言渡しまでの停止決定を行つたものであるが、右決定は、退令に基づく執行を停止したことにおいて不当であるばかりでなく、被抗告人高昌允を除くその余の被抗告人らについて送還部分に限らず収容部分をも含め執行を停止したことにおいても到底容認し得ないものである。抗告人は、抗告の理由として原審における意見書を援用するほか、以下のとおり主張する。

一 原決定は、自由裁量処分に対する司法審査方式及び違法判断基準についての解釈を明らかに誤つたものであり、本件執行停止の申立ては、「本案について理由がないとみえるとき」に当たるものである。

1 国家は、条約等特別の取決めの存しない限り、外国人に対しその入国及び在留を許可するかどうかを自由に決することができ、その反面として、外国人は当該所属国以外の国家に対しては、入国及び在留の権利を有するものでなく、このことは国際慣習法上の大原則として認められているところである(意見書掲記の最高裁昭和三二年六月一九日判決・刑集一一巻六号一六六三ページ、東京高裁昭和三二年一〇月三〇日判決・行裁例集八巻一〇号九三〇ページ、最高裁昭和三四年一一月一〇日判決・民集一三巻一二号一四九三ページ参照)。

我が国における出入国関係を規律する法としては出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)が存在するが、同法も右の国際慣習法を前提として定められているのであつて、その入国及び在留に関する処分は、原則として自由裁量処分であることは多言を要しない。

2 法五〇条所定の在留特別許可(以下「特在許可」という。)も法務大臣の自由裁量により決せられるものであることは、法の性格及び法五〇条の規定にも何らの制限が付せられていないことからして明らかであつて、この点は判例上も確立しているところである(前記判例参照)。

特に、特在許可は、外国人の出入国に関する処分であり、当該外国人の在留状況等の個人的事情のみならず、公安、衛生、労働事情等の国内事情及び国際情勢、外交政策等の対外的事情が総合的に考慮されるものであることから、同許可の裁量の範囲は極めて広範囲にわたることとなる。

また、特在許可は、退去強制事由に該当することが明らかであつて、当然に本邦からの退去を強制されるべき者に対し、特に在留を認める処分であることから、他の一般の行政処分とは異なり恩恵的措置としての性格をも有していることを重視すべきである。

3 そして、右のような自由裁量行為の裁量権行使についての司法審査は、「一応、処分権限を与えられた行政庁の自由に任されているものであるから、裁判所は、右のような行為について裁量権の逸脱、濫用により違法となるかどうかを判断するにあたつては、処分をした行政庁と同一の立場に立つて当該具体的事案について裁量権の行使はいかにあるべきかを判断し、その判断の結果を行政庁の判断に置き代えて結論を出すことは許されず、あくまでも、それが行政庁の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断要素の選択や判断過程に著しく合理性を欠くところがないかどうかを判断すべきものであることは当然である。」(越山安久・最高裁判所判例解説民事編昭和五三年度四四五ページ)と解されており、これが確定した最高裁判例でもある(最高裁昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一二二五ページなど)。

右法理は、法五〇条一項三号の特在許可の付与に関する法務大臣の自由裁量行為の裁量権の行使についても当然に当てはまるものというべきである。すなわち、法が特在許可の付与を法務大臣の自由裁量に委ねることとした趣旨が、前述のとおり特在許可の許否を的確に判断するについて、多面的専門的知識を要し、かつ、政治的配慮もしなければならないとすることによるものであることからすると、その判断は、国内及び国外の情勢について通暁し、常に出入国管理の衝に当たる者の裁量に任せるのでなければ到底適切な結果を期待することができないからであり、それゆえ、裁判所が法務大臣の裁量権の行使としてなされた特在許可の許否の決定の適否を審査するに当たつては、法務大臣と同一の立場に立つて右特在許可をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断するのではなく、法務大臣の第一次的な裁量判断が既に存在することを前提として、右判断が社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められるかどうかを判断すべきであるものというべく、しかして右逸脱、濫用したものと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。

4 また、特在許可の裁量権の範囲を考えてみるに、前述のとおり同許可は自由裁量処分であるから、この点だけを考慮するにしてもそれが裁量権の範囲の逸脱又はこれを濫用したとして違法との評価を受けることは稀であるといえるが、更に特在許可は、前述のとおり、その考慮されるべき対象自体が個々の外国人の個人的事情に加え国際情勢及び外交政策等の客観的事情等広い範囲に及んでおり、それに伴い右裁量の範囲も極めて広範囲にわたつていること、また特在許可自体恩恵的措置としての性格を有していることを併せ考えると、それが違法との評価を受けるのは、ますます限定的に解されることとなるのである。

この点に関連して最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決(民集三二巻七号一二二三ページ・マクリーン最高裁判決)は、在留期間を一年とする上陸許可の証印を受けて本邦に上陸した当該原告がその後一年間の在留期間の更新を申請したところ、法務大臣は一二〇日間の在留期間の更新を許可したので、当該原告はその後更に一年間の在留期間の更新を申請したが、法務大臣は右更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものといえないとして右更新を許可しないとの処分をしたので、右処分の取消しを求めた事案であるが、右判決において最高裁は、出入国管理令(注、現在は法)二一条三項の法務大臣が外国人の在留期間の更新を許可するかどうかの裁量権について「裁判所は、法務大臣の右判断についてそれが違法となるかどうかを審理、判断するに当たつては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法であるとすることができるものと解するのが相当である。」と判示している。

このような観点から法五〇条一項三号の法務大臣の特在許可の付与についての自由裁量権の範囲についてみてみると、外国人の在留期間の延長は憲法上保障されたものではないにしても、当該外国人は、当初適法に在留していた場合であり、また、在留期間更新の申請権も認められているのに対し、特在許可の付与が問題となるのは通常の場合、当初から違法に在留している不法入国者に関してであり、それらの者については特在許可の申請権も認められていないのであり、また、法文上も在留期間の更新について定めた法二一条三項は、「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができる。」とするのに対し法五〇条一項三号は、「特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」特別に許可することができると規定している。

このように、被処分者の権利・利益の点からみれば、在留期間更新の場合の外国人の方が特在許可の場合に比して法律上はより保護されており、また、法文上も在留期間の更新を認め得る場合について、特在許可を認め得る場合に比してより緩和して規定しているものということができることからすると、法務大臣の特在許可の付与についての自由裁量権の範囲は、在留期間の更新の場合の法務大臣の裁量権よりも広くそれゆえ裁判所の審査の及ぶ範囲は狭くなるというべきである。

そうすると、法務大臣の特在許可についての裁量権の行使が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法となるのは、前記在留期間の更新に関する最高裁の示した基準より更に限定されることは明らかであるから、法務大臣の特在許可についての裁量権行使が違法となるかの判断に当たつては、最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決の示した「法務大臣の判断が裁量権の行使としてされたものであることを前提とすること」「右判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか」「事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうか」との基準を少なくとも違法となる最大限の場合として、それよりも限定して解釈すべきであると思料する。

5 被抗告人らは、本案訴訟において、平等原則に違反し、あるいは人道に反すること等を理由として特在許可を付与しなかつたことに裁量権の範囲を逸脱しないしそれを濫用した違法がある旨主張しているが、右各理由が自由裁量権の行使について、右のごとき違法の存することを首肯しめるに足るものでないことは主張自体からしても、また、疎明の結果からしても明らかであつて、この点は原審意見書第三の二ないし五において詳述したとおりである。

そもそも被抗告人高昌允(以下、「被抗告人高」という。)は、本国で出生し、成育し、教育を受け、稼働するなど、出稼ぎ目的で昭和四八年一〇月ころ本邦に不法入国をする二九歳ころまでは本国内で生活を営んできた者であり、被抗告人白順實(以下、「被抗告人白」という。)も同様に本国において出生、成育し、教育を受け、稼働するなど、出稼ぎ目的で昭和四七年一一月ころに本邦に不法入国をする二七歳ころまでは本国内で生活を営んできた者である。右のとおり、被抗告人高及び同白は、本邦不法入国以前は本国で居住生活していた健康な男女であつて労働能力は十分であることに加えて、被抗告人らの年齢や本国・本邦での滞在中における生活実績に照らせば、被抗告人らは本国においてその生活を維持することに、さしたる困難は予想されない。

すなわち、被抗告人高は、健康な男子であるから、労働意欲をもつて生活にあたり真面目な努力をすれば、一家五人が韓国において十分に生活していくことができる筈である。もつとも、日韓両国の経済格差等を考えれば被抗告人らが韓国に送還された場合、現在維持している生活程度に変動をきたすかも知れないが、それは被抗告人ら全員が不法入国者あるいは不法残留者である以上やむを得ないことといわなければならない。また、被抗告人高及び同白は、我が国に不法入国して以来ヘツプ(下履き)加工業を営み、あるいはネームプレート製造工員等として稼働し、相当の資産等を得るに至つているが、意見書第三、二、1において述べたごとく帰国に当たつてはこれを換金して持ち帰ることが可能であり、現にこれを予定しているものであるところ、右金額は日韓両国の貨幣価値の相違を考えれば、相当な額に達するものであり、これを被抗告人らの生活維持の資本とすることもできるのであつて、韓国における一家五人の生活に何ら不安はないというべきである。

また、被抗告人高、同白には被抗告人高輝禎、同高義朗、同高義英ら(以下、「被抗告人輝禎ら」という。)を除いて本邦にその扶養を必要とすべき係累は在住しておらず、むしろ本国には被抗告人高の父母、弟、妹、長女、被抗告人白の母、姉ら多数の親族が居住しているのであるから被抗告人らのみが本国で生活できないとは考えられないところであり、また、本国においてこれらの者に対し必要な限り扶養の義務を尽くすべきである。

被抗告人輝禎らは、いまだ未成年であり、被抗告人高及び同白を父母とし、その扶養を受けている者であるから、父母とともに本国に帰国しても特別の支障が生ずるとは認められない。

また、被抗告人高輝禎は韓国系の学校法人金剛学園が経営している金剛小学校に在学し、韓国におけると同じ教育を受けているのである。また、被抗告人輝禎らは帰国後は本国の教育機関で教育を受け自国語も学べるのであるから(疎乙第四九号証)、被抗告人輝禎らの教育に関し何ら障害となるべき事情は存しない。

そうすると、被抗告人高、同白について韓国へ送還することについて何ら非難される点は存しない以上、被抗告人らの韓国への送還が適法であることは明らかであるといわなければならない。

このような被抗告人らについての事実関係を前提として、前述の自由裁量行為についての司法審査方式及び特在許可の裁量権の範囲を適用すれば、本案訴訟が「本案について理由がないとみえるとき」に当たることは明らかである。

しかるに、原決定は、「・・・法務大臣が本件裁決に当つて在留特別許可を与えなかつたことが裁量権の逸脱ないし濫用である旨の主張は、前記認定事実に照らし、明らかに失当であるとはいえないうえ、本案訴訟において、右主張が認められる余地が全くないわけではないから、本案について理由がないとみえると断定することはできない」(傍点は抗告人)と判示するが、右判示は、行訴法二五条三項所定の「本案について理由がないとみえるとき」との要件をことさら厳格に解し、単に被抗告人らの主張が認められる余地の極めて稀薄な可能性を否定できないことを示すにすぎず、本案の理由の有無についての自らの判断を回避しているのであつて、前述した法務大臣の特在許可の自由裁量権の範囲等に関する解釈に著しく反し、かつ、同法二五条一項が規定する「執行不停止の原則」にも反する不当な判断であつて、法の到底許容し得ないものである(なお、右行訴法二五条三項所定の要件該当性につき適正に判断した裁判例として、疎乙第五七号証、同第六〇ないし六四号証参照)。

6 以上のとおり、本件特在許可付与に関する法務大臣の裁量権の行使には何らそれを濫用し、その範囲を逸脱したとの違法は存しないことは明白であるから、本件執行停止申立ては「本案について理由がないとみえるとき」に当たるものとして却下されるべきであり、これについて誤つた判断をした原決定は取消されなければならない。

二 原決定は、退令に基づく強制送還部分の執行により、被抗告人らにとつて回復困難な損害が生じ、それを避けるために緊急の必要性があると判示しているが、右判断は、以下に述べるとおり行訴法二五条二項の解釈を誤り、かつ、被抗告人らの不利益を過大に評価した誤りがあり、失当であるというべきである。

原決定は、強制送還が実施されると、「本案訴訟における訴の利益が消滅して本案訴訟による救済を受けられないおそれが生じると考えられる。また、仮に申立人らが本案訴訟で勝訴しても、申立人らが本邦在留の状態に戻ることができるか否かも明らかでない」として、被抗告人らに回復困難な損害及びその損害を避けるための緊急の必要があると認めている。

しかしながら、この点に関しては、原審における意見書で述べたとおり、被抗告人らには訴訟代理人が選任されているのであるから、被抗告人らが本国に送還されたとしても本案訴訟を維持することは可能である。また、被抗告人らが本案訴訟に勝訴しその判決が確定すれば、韓国旅券を取得した上で本邦へ入国するには何らの支障もなく、被抗告人らから在韓日本大使館等で当該判決謄本を添え本邦入国の申請があれば適正な入国査証を発給する上でそのことは十二分に考慮されるのである。

さらに、この点につき、最高裁判所第三小法廷昭和五二年三月一〇日決定・判例時報八五二号五三ページは、「抗告人が本国に強制送還され、わが国に在留しなくなれば、みずから訴訟を追行することは困難となるを免れないことになるが訴訟代理人によつて訴訟を追行することは可能であり、また訴訟の進行上当事者尋問などのため抗告人が直接法廷に出頭することが必要となつた場合には、その時点において、所定の手続きにより、改めてわが国への上陸が認められないわけではないのである。」とし、さらに、最高裁昭和五五年五月三〇日判決・訟務月報二六巻九号一六〇二ページは、「原審の適法に確定した事実関係の下において、上告人ジヤガツト・ナラヤン・ジヤスワル、同ラダ・ラニ・ジヤスワルは本邦外へ退去後も訴訟代理人によつて訴訟を追行することは可能であり、また自ら出廷を要する場合にはその時点で所定の手続により改めて本邦に入ることを認められないわけではないから右上告人両名が被上告人法務大臣の在留期間更新不許可処分によつて本邦外に退去したとしても、これによつてただちにわが国の裁判所において裁判を受ける権利を失うとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができる。」とし、いずれも、強制送還の実施が、本案訴訟の訴えの利益を消滅させるとか被抗告人らの本案訴訟勝訴後、本邦在留の状態に戻れないとはしていないのである。

したがつて、原決定が被抗告人らが本国へ送還されることにより、訴えの利益が喪失すると判断したことは誤りであり、また、本邦在留の状態が復帰しないとしたことも誤りである。

なお、原決定のように申立人らが本国に送還されること自体が、行訴法二五条二項の「回復困難な損害を避けるため緊急の必要がある」とする解釈は、退令被発付者が、取消訴訟等の提起と共に執行停止の申立てさえすれば、その本案訴訟が訴訟要件を欠くなどして却下される場合を除き、ほとんどの場合、送還部分の執行停止を決定しなければならないこととなり、結果的に執行停止の申立てをすることに執行停止の効力を認めたのと同様になつて行訴法二五条一項が規定する「執行不停止の原則」に反するものであり、法の到底許容するところではない。

さらに付言するに、本件のような退令発付処分の違法を争う入管関係の訴訟においては、この執行停止制度が当該外国人の違法な本邦在留状態を少しでも引き延ばすための手段として利用されるのが一般である。すなわち、退令発付処分を受けた外国人は、当該処分に対する抗告訴訟を提起し(その理由としては、退去強制事由に該当する事実の存在することを認めた上で、在留特別許可に関する法務大臣の自由裁量権の行使の違法をいうのがほとんどである。)、退令の執行が実施されるとみるや退令の執行停止を申し立て、その執行停止を得ることにその目的を置いているのである。そして、いつたん、その執行停止決定を受ければ、以後は本案判決を引き延ばし退令発付時とは比較にならないほど退令の執行が困難になるような状態を築きあげ、最終的に本案訴訟が抗告人の勝訴に終わつても裁判中に築いた生活状態を理由に退令の執行を困難ならしめるのである。

本件においても、被抗告人らが、執行停止制度を、右に述べたように、違法な本邦在留状態の引延しの手段として利用していることは明らかである。

しかも、本件は、不法入国の事実について争いのない事案であることにもかんがみると、原決定のような送還部分の執行停止の裁判は、それ自体、被抗告人らの本邦への居座りを助長するものであり、ひいては同種事案における不法入国の誘発、助長をさせることにもつながり、入国管理行政に多大な支障を生じさせるものであつて許されないのであり、以上の諸事情を考慮するとき、本件強制送還の実施が被抗告人らに回復困難な損害及びその損害を避けるための緊急の必要がある場合に当たるとは到底認められず、これを容認した原決定が誤つていることは明白である。

三 原決定は、「申立人輝禎、同義朗は小学校在学中であり、同義英は保育園に通園しているから、申立人輝禎らを本案判決まで相当期間教育施設が整備されていない大村入国者収容所に収容し続けることは、申立人輝禎らにとつてはもとより、同申立人らの母親であつて同申立人らを監護教育すべき申立人白にとつても教育上、保育上著しい不利益を被るおそれがあり、この不利益は申立人白及び同輝禎らにとつて回復困難な損害というべきであるから、その損害を避けるため緊急の必要があるといわなければならない。」として、被抗告人白及び同輝禎らについて退令の執行をその収容部分までも停止しているが、右判断は、法五二条の趣旨を正解せず、行訴法二五条一項の解釈適用を誤り、かつ、被抗告人白及び同輝禎らの不利益を過大に評価した誤りがあり、失当である。

1(一) まず、原決定は、退令に基づく収容(以下、「退令収容」という。)(法五二条五項)の目的を正解していない。すなわち、退令収容は、単に強制送還のための身柄の確保をはかるのではなく、退令発付によつて本邦在留の法的根拠(在留資格)を有しないことが確定した外国人を隔離し、その在留活動を禁止することにある。

しかるに、原決定が、収容部分の執行停止理由として、被抗告人らの教育上、保育上著しい不利益を考慮し、我が国における教育施設での教育を容認しているのは、原決定が退令収容の目的を誤解し、退令による収容の目的を単に送還のための身柄の確保のためとのみ理解していることを示すものであり、退令収容の目的のうち退令発付により本邦在留の法的根拠(在留資格)を有しないことが確定した外国人の在留活動自体を禁止するためであることの認識を欠いていることを示しているのである。

(二) そもそも、本邦において在留活動を認められる外国人は、出入国港において法の定める上陸の手続を行い、入国審査官等により在留資格及び在留資格に対応する在留期間を付与されるが、上陸の手続を経ることなく本邦に在留することとなる外国人は、法務大臣に対し在留資格の取得の申請をして在留資格及び在留期間を付与されるか、あるいは法第五章に定められた一連の退去強制手続を受けた後、法務大臣により在留を特別に許可された場合に限られるのである。右許可にあたつては、外国人に許容される活動範囲を限定するため、在留資格が決定、付与され(法九条三項、四条)、外国人は与えられた在留資格に属する活動のみが許され、それ以外の活動に従事しようとするときには、予め在留資格変更許可(法二〇条)、あるいは資格外活動許可(法一九条二項)を受けなければならず、また、定められた在留期間を越えて引続き在留しようとするときには、その在留期間満了前に在留期間更新許可を受けなければならない(法二一条)。右のような許可を受けることなく在留資格以外の活動に従事し、あるいは、その在留期限を越えて在留すれば処罰され、又は、退去強制の対象となるのである(法二四条四号イ及びロ、法七〇条四号及び五号、七三条等)。

したがつて、退令を発付された外国人は、すみやかに法所定の送還先に送還されることになるが(法五二条三項)、送還部分に限つた執行停止決定がなされたり、被送還者受入国の都合等により当該外国人を直ちに本邦外に送還することができないときに限り送還可能のときまで、その者を入国者収容所等に収容することとなつているのであり(法五二条五項)、たとえ仮放免を許可される場合(法五四条)であつても本邦での在留活動は制限的に認められるにすぎない。

法律上外国人に対しこのような厳重な在留規制を行つているにもかかわらず、退令被発付者からの退令執行停止の申立てに対し、その収容部分までの執行停止を認めることは、法による規制から全面的に解放することを意味し、本邦での規制のない在留を認めることとなるのである。

(三) ところで、前記一で述べたとおり、外国人の入国及び在留を許可するかどうか、許可する場合でもいかなる条件で許可するかは国家固有の権能に属し、特に条約で取決めのないかぎり国家はこれを自由に決することができるというのが国際法上の大原則であるが、その許否のための手続は、前記(二)において述べたとおり、法律により厳格に規定されている。これは、いつたん外国人の入国、在留を許可すれば、在留資格、在留期間による規制を受けるとはいえ、通常予想される日常活動はもちろんのこと、財産の取得、契約の締結等により事実上及び法律上の関係をわが国の国民を含む第三者と結び、日々その関係を深め発展させて行くのであるから、外国人一人の入国といえどもその本邦社会への影響は軽視すべからざるものがあるからであり、国(行政機関)は常に重大な責任を国民に対し負つているのである。

(四) しかるに、退令に基づく執行のうち、その収容部分までをも行訴法二五条二項により停止することは、前記(二)で述べた法による外国人在留管理行政の根幹たる在留資格制度を混乱させるものであつて、正に行訴法二五条の定める執行停止制度の濫用となるものというべきである。

すなわち、行訴法二五条一項は、まず「執行不停止の原則」を掲げ、同条二項、三項において例外的に執行を停止しうることを規定しているが、これはあくまでも被抗告人らが現在保有している権利・利益の保全のため暫定的措置として認められているものである。

したがつて、行政処分の執行を停止する場合には、正当な権利・利益の暫定的保全という目的達成のため必要最小限の範囲に止めるべきであり、その範囲を越え結果として新たな行政処分がなされたと同一の状態を招来し、被処分者に対して新たなる利益の保持を可能ならしめるような執行停止は、その濫用になるといわねばならず、ひいては司法が行政権限を代行したと評し得ることともなり、「三権分立の原則」にも反することとなるのである。

退令収容の執行停止は、前述のように被退令発付者たる被抗告人らに対し、相当長期間にわたる本邦在留を可能ならしめ、しかも前述の入国審査官等による上陸許可、法務大臣による在留資格取得許可あるいは特在許可が与えられないまま、あたかも不法入国し、違法に在留していた状態と何ら変らない状態を作り出すものである。したがつて、その場合法七条一項各号所定の上陸許可の条件は何ら考慮されず、また、法二二条の二第三項において準用する法二〇条三項にいう在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由があるか否かの判断並びに当該在留資格に属する者の行うべき活動に係る行政の所管大臣との協議もなされず、さらには、法五〇条により法務大臣が特在許可を与える場合考慮される国際情勢、国内政策その他主観的、客観的事情についての判断もなされないまま、不法入国者を日本社会の中に放免する結果となるのである。

法律による厳格な手続きを経た後、初めて許される外国人の本邦在留(それも在留資格、在留期間による制約がある。)が、司法機関により、手続的には略式の保全訴訟手続を定めた行訴法の執行停止制度により簡単に、しかも正規に入国あるいは在留を許可された者よりも格段に有利な条件(正規に在留している外国人が本邦在留するにつき種々の規制を受けているのに比して何らの規制も受けることなく日本国民と何ら変らない活動をすることが、あたかも公認されたような状態)によつて許容され得ることは法制度上からも許されるべきではない。

以上のとおり、本件退令収容の執行停止は、行訴法上の執行停止制度の趣旨に反し、その濫用となるものであることは明らかである。

2 原決定は、前述のような執行停止制度を濫用して決定するという誤りを犯した上、さらに被抗告人輝禎及び同義朗は小学校、同義英は保育園に在籍中であるから、被抗告人輝禎らを本案判決まで相当期間教育施設が整備されていない大村入国者収容所に収容し続けることは、同人らにとつてはもとより、同人らを監護教育すべき被抗告人白にとつても教育上、保育上著しい不利益を被るおそれがあることを理由として退令収容が被抗告人ら全員について「回復困難な損害」を与えるとの誤つた判断をしている。

(一) まず、不法入国、不法在留者が本邦において、いかなる社会的経済的地位を得ていようとも、意見書第三、二、2、(三)において述べたごとく、それらは、不法入国という違法行為から出発し、これを基礎に積み重ねられたものであり、早晩清算を余儀なくされることが当初から客観的に予定されているものであるから、何ら法による保護を受け得る性質のものではなく(最高裁昭和五四年一〇月二三日判決・訟務月報二六巻三号四六八ページ)、むしろそれが退令収容に通常随伴して発生する範囲内のものである限り法の予見認容する受忍限度内のものとして行訴法二五条二項にいう「回復困難な損害」には当たらないというべきである。

(二) ところが、原決定は、被抗告人輝禎らの小学校、保育園在籍という事実をとらえ、これらの者を収容し続けることは、被抗告人輝禎らはもとより同人らの母である被抗告人白にとつても教育上、保育上著しい不利益を被るおそれがあり、「回復困難な損害」が生じるとして被抗告人白及び同輝禎らに対し、退令収容の執行停止を認めたのであるが、原決定の右判断は以下の理由により容認できない。

そもそも、行訴法二五条一項が、いわゆる「執行不停止の原則」を掲げているのは濫訴の誘発を予防し、行政の停滞や行政運営の不当な阻害を防ぐことが重大な国家利益として尊重されるべきであるからであり、執行停止決定をなすには、同条二項、三項に規定される積極・消極の諸要件につき慎重な判断が要求されるところである。したがつて、二項規定の「回復困難な損害」についても厳格に解されるべきであり、行政処分と相当因果関係を欠くもの、相当因果関係は認められるがその発生が不確実ないしは時間的に隔りがあるもの(緊急の必要性という文言からもこのことは導かれるであろう。)、損害自体が不明確で抽象的なものなどは、「回復困難な損害」には該当しないというべきである。そこで、退令収容により発生するものとして原決定が認定した就学中の被抗告人輝禎ら及びその母である被抗告人白に生じる教育上、保育上の不利益が、「回復困難な損害」に当たるかどうかを考察するに、退令収容と教育成果を期待することの困難性という損害との間に相当因果関係は認められなくはないが、被抗告人らを退令収容した場合、一口に教育上、保育上著しい不利益を被るおそれがあるといつても、実際に人格形成等に如何なる影響があるかは現在のところ不明確であり、たとえ影響が若干あるとしても教育というものの性質上、その影響は、長期的視野に立つて見た場合に判断し得ることであるから、時間的にその発生が切迫したものとはいい難い。このことはまた、両親が子の教育によつて得るであろう利益についてもいえるのであるが、そもそも、この場合には退令収容との間に相当因果関係があるとは肯認し難い。したがつて、被抗告人らが、退令収容により受ける教育上、保育上の影響は退令収容に通常随伴して発生する範囲を越えるものではなく、行訴法二五条二項が規定する「回復困難な損害」には当たらないというべきであり、したがつてそれを避けるための「緊急の必要性」は存しないというべきである。

(三) 以上のように、原決定は、執行停止の緊急の必要性の解釈自体にも誤りがあるが、このことは、最近における本件と同種事案(韓国人不法入国者夫婦とその子供らが本邦での在留を希望して法務大臣の特在許可を付与しない処分等を争つた事案)の決定において、「不法残留者である子供らはわが国で教育を受ける権利を保障されたものではない」等の理由により、いずれもその本案について理由がないとみえるときに当たるとしてそれぞれ却下及び棄却決定されていることからも明らかである(疎乙第五八、五九号証参照)。

3 さらに、本件においては、被抗告人白及び同輝禎らについて、原審における意見書第二、五記載のとおり、昭和六一年三月一〇日退令を執行して当局収容場に収容したが、同日、帰国のための家事整理の必要性等を考慮して仮放免を許可し、その後、仮放免期間は延長されているところ(疎乙第三四ないし三八号証)、右仮放免の許可は、その理由が存続する限り右被抗告人らの送還時まで延長、継続される見込みであるから、被抗告人白及び同輝禎らにつき、本件各令書に基づく収容部分の執行を停止すべき緊急の必要性はいささかも存しなかつたことは明らかである(なお、この点につき、大阪高裁昭和五〇年九月九日決定(疎乙第五六号証)が明確に同旨を判示している。)。

このように、退令発付を受けた子女の教育については、後記四記載のとおり、入国者収容所長又は主任審査官において、それらの者の情状、証拠、性格、資産等を総合的に考慮して一定の保証金を納付させ、かつ、必要条件を付して仮放免するなど弾力的な行政をなしているところであり、その点を看過して被抗告人白及び同輝禎らにとつて教育上、保育上著しい不利益を被るおそれがあるとした原決定の誤りは明らかである。

四 原決定は、「被申立人の主張を検討し、本件記録を精査してみても、本件令書発付処分の執行の全部又は一部を停止することによつて、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると認めるに足りる疎明がない。」としているが、右判断も以下に述べるとおり誤りである。

1 退令に基づく送還につき、執行停止がなされると、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることは、すでに意見書第五において述べたとおりであるところ、更に次のとおり右意見を補充する。

すなわち、被抗告人らは近日中にその本国である韓国への送還が予定されており、右送還については、韓国領事による被抗告人らとの面接、それに続いて韓国政府とわが国との折衝を経てなされるものであるが、本件においては被抗告人らについては右韓国領事による面接が終了し、送還折衝の手続が進められている段階であるから、訴え提起及び執行停止申立てがなされた場合に、原決定のように安易に執行停止を認め送還を不可能にすることは、入国管理行政を著しく停滞せしめると同時に、今後の送還交渉にも多大の支障を及ぼすことは明らかである。

すなわち、従来送還折衝の場において韓国政府は被退去強制者のすべてを引取つてきたわけではなく、相手国の引取り拒否に対してわが国のねばり強い折衝の結果、その実現を果たして来たという経緯が存するのであり、右経緯にかんがみ、裁判所が、安易に執行停止を認めた場合は、わが国の国際的信用が大きく損われ、これを契機に再び韓国政府が引取りを拒否することにもなりかねず、これは、単に個々の被退令発付者の送還が阻止されることにとどまらず、今後の送還交渉にも重大な支障を生ずるものであることは明らかといわなければならない。また、今後の同種事案における濫訴の弊害や外国人の強制送還に関して善良な納税者が多大の行政経費を負担させられていること等を併わせ考えるならば、執行停止決定がなされることが妥当でないことは顕著な事実であり、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることは明らかであるといわなければならない。

2 また、退令収容の執行停止がなされると、次のとおり公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることが明らかである。

(一) 退令発付を受けた者については、入国者収容所長又は主任審査官は情状、証拠、性格、資産等を考慮して一定の保証金を納付させかつ必要条件を付して仮放免をしうることとされているところ(法五四条)、右被退令発付者に対し退令の執行が全面的に停止されれば、退令仮放免の余地は全くなくなり、仮放免の場合課せられうる各種の条件、負担のないまま当該外国人は放免されることとなるのである。したがつて、その後は住居、行動範囲、出頭義務等の制限及び条件等の最低限の規制すら加える余地がなくなるのであり被抗告人らの日常生活、所在等を有効に把握し得る方法がない。

このように、万一の場合の身柄確保について何らの配慮もせぬまま不法入国者を日本社会へ放置するも同然の事態は、仮放免制度の根底を覆し、今後の退令の執行を困難にし、すべての人の出入国の公正な管理(法一条)を著しく乱すものである。

(二) 以上によれば、退令収容処分の執行を停止することは公共の福祉に重大な影響を生ぜしうることは明白である。

五 以上のとおり、被抗告人高昌允に対して退令の送還部分の執行を、その余の被抗告人らの退令執行を停止した原決定は全く失当であるから取消されるべきであり、本件執行停止申立は却下されるべきである。

別紙(二)

原決定が被抗告人高昌允について退去強制処分の送還部分の執行を、また、その余の被抗告人らについて退去強制処分の各執行を停止したことに誤りがあることは、既に即時抗告申立書において述べたところから明らかであるが、被抗告人らの昭和六一年七月一一日付け意見書に対し、必要な限度で反論するとともに抗告人の主張を以下のとおり補充する。

第一本件が「本案について理由がないとみえるとき」に当たることについて

一 法五〇条一項三号の特在許可の付与が法務大臣の自由裁量に属することと右自由裁量に対する裁判所の審査基準について

被抗告人らの主張を概観するところ、法五〇条一項三号の特在許可の付与が法務大臣の自由裁量に属することを忘れ、また、このような自由裁量行為に対する裁判所の審査基準について誤解していることがうかがわれるので、ここでこれらについて明らかにする。

(一) 法五〇条一項三号による特在許可を付与するについて、法文上基準となるべき具体的要件等については何ら規定しておらず、その判断をすべて法務大臣の裁量に委ねることとしていること、及び特在許可が本来退去強制させられるべき不法入国者に対して付与される恩恵的なものであることからすると、特在許可を付与するかどうかは法務大臣の広範な自由裁量に属するものと解される(最高裁昭和三四年一一月一〇日第三小法廷判決・民集一三巻一二号一四九三ページ)ところ、法がこのように特在許可の付与を法務大臣の自由裁量に委ねることとしたのは、特在許可の許否の決定に当たり、法務大臣が考慮すべき事情は極めて広範で多種多様にわたつており、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の国内における労働事情、治安状態、衛生状態など公益にかかる事情、国際情勢及びこれに対応するわが国の外交政策など国益にかかる事情をも総合的にしんしやくして出入国管理行政の責任を負う法務大臣の時宜に応じた的確な判断を期待しようとする趣旨に基づくものである。

(二) ところで、行政行為のうち、いわゆる覇束行為と法規裁量行為については、その判断の誤りは法規の解釈適用に関する判断の誤りであつて違法の問題を生じ、それゆえ司法裁判所の審査の対象となるが、いわゆる自由裁量行為については、その判断の誤りは当不当の問題を生ずるにとどまり違法の問題を生じないから、一般には司法裁判所の審査の対象とならないが、特にそれが司法裁判所の審査の対象となる場合とは、法の許容した裁量の範囲を逸脱し又はその濫用があつたことにより、その裁量権の行使が違法となるときに限ると解されている(行政事件訴訟法三〇条参照)。

そして、右のような自由裁量行為の裁量権の行使については、「一応、処分権限を与えられた行政庁の自由に任されているものであるから、裁判所は、右のような行為について裁量権の逸脱、濫用により違法となるかどうかを判断するにあたつては、処分をした行政庁と同一の立場に立つて当該具体的事案について裁量権の行使はいかにあるべきかを判断し、その判断の結果を行政庁の判断に置き代えて結論を出すことは許されず、あくまでも、それが行政庁の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断要素の選択や判断過程に著しく合理性を欠くところがないかどうかを判断すべきものであることは当然である。」(越山安久・最高裁判所判例解説民事篇昭和五三年度四四五ページ)と解されており、これが確定した最高裁判例でもある(最高裁昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一二二五ページなど)。

右法理は、法五〇条一項三号の特在許可の付与に関する法務大臣の自由裁量行為の裁量権の行使についても当然に当てはまるものというべきである。すなわち、法が特在許可の付与を法務大臣の自由裁量に委ねることとした趣旨が、前述のとおり特在許可の許否を的確に判断するについて、多面的専門的知識を要し、かつ、政治的配慮もしなければならないとすることによるものであることからすると、その判断は、国内及び国外の情勢について通焼し、常に出入国管理の衡にあたる者の裁量に任せるのでなければ到底適切な結果を期待することができないからであり、それゆえ、裁判所が法務大臣の裁量権の行使としてなされた特在許可の許否の決定の適否を審査するに当たつては、法務大臣と同一の立場に立つて右特在許可をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断するのではなく、法務大臣の第一次的な裁量判断が既に存在することを前提として、右判断が社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められるかどうかを判断すべきであるものというべく、しかして右逸脱、濫用したものと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。

二 行政事件訴訟法二五条三項所定の「本案について理由がないとみえるとき」の意義と疎明責任

1 行訴法二五条三項所定の「本案について理由がないとみえるとき」とは、本案について理由がないことが明白であるときがその類型の一として挙げられるところであるが、これに限るものではなく、「処分が一応適法で申立人の全疎明によつても違法であるとすることができないとき」もその類型として一般に認められており、右後者の場合において、「被申立人によつて処分の適法要件が具備されていることが疎明されると、その処分は『一応公共の福祉に合致するものというべきであるから』申立人において処分が適法でないこと又は処分が違法であることを疎明しない限り、処分が違法ではないとの疎明があつたことになる」のである(緒方節郎「行政処分執行停止」裁判法の諸問題上七〇五ページ)。

2 右に述べたところから「本案について理由がないとみえるとき」の疎明責任についての一般的な考え方がうかがわれるところであるが、ここでは自由裁量処分との関係において右の点を検討する。本件本案訴訟の帰趨は、法五〇条所定の特在許可を与えなかつたことが裁量権の濫用ないし逸脱であるか否かということに関わるのである。しかして、自由裁量処分については、その処分が裁量の範囲を越え又は濫用があつたという点について原告が立証責任を負うことは判例、学説の一致するところである(最高裁昭和四二年四月七日判決・民集二一巻三号五七二ページ)。したがつて、本件本案訴訟においては、被抗告人(原告)らが裁量権の濫用ないし逸脱があつた事実を主張、立証する責任を負い、被抗告人らがこれを果さないときは被抗告人らが敗訴することになるのである。

このように、自由裁量処分の取消訴訟においては、原告において、行政庁の裁量権の行使について濫用があつたことを主張、立証しなければならないと解されており、これを主張、立証したときに初めて本案の請求が理由があるとされるのである。しかるに、執行停止申立手続において、もし行政庁が自由裁量処分の裁量権の行使に濫用がないことまで疎明しない限り、「本案について理由がないとみえるとき」と判断することができないと解するのであれば、行政庁は執行停止手続においてのみ本案訴訟の構造と明らかに逆の立場に立たされることになるのである。しかし、行政庁の処分は、それがなされることによつて直ちに効力を生ずるというのが現行法の建前であるときに、単に相手方から執行停止の申立てがなされたということで、本案訴訟の構造と逆の構造となる解釈をとらなければならない合理的理由がない。換言すれば、被抗告人らは、本案訴訟においては裁量権の濫用ないし逸脱について立証しない限り、本案の請求が理由があるとされないのに、仮の救済手続においては本案訴訟の理由の存否についてなんら疎明することなく救済を享受することになるのであつて、これは明らかに不合理な帰結というべきである。

したがつて、自由裁量処分の取消請求を本案とする執行停止手続においては、本案の訴訟構造を右手続に反映させるべきであるから、被抗告人において裁量権の濫用があることを疎明し、もつて、「本案について理由があるとみえる」ことを疎明しなければならないと解すべきである。

3 次に、「本案について理由がないとみえるとき」の心証の程度について述べることとする。

原決定は、「本案訴訟において右の主張(裁量権の濫用ないしその範囲の逸脱)が認められる余地が全くないわけではないから、本案について理由がないとみえると断定することはできない」とあえて厳格に判断しているのであるが、右判断は、行訴法二五条四項の定める「疎明の程度」を誤解した失当なものである。すなわち、行訴法二五条四項は、執行停止の決定は疎明に基づいてする旨定めている。しかして、疎明とは「証明に比し、より低度の蓋然性、多分、おそらくはそうであろうという程度の蓋然性をいう」(菊井=村松民事訴訟法II二一七ページ)のであり、裁判官が「本案について理由がないとみえるとき」と認定判断する際の心証の程度も右程度の蓋然性で足りるというべきである。ところが、原決定は「本案について理由がないとみえると断定することはできない」としているのであり、これは明らかに「本案について理由がないとみえるとき」との心証を、一応確かであるらしいとの疎明の程度より高度の確信を要求する「証明」の程度にまで高めているものというべきであり、失当という外ない。

よつて、原決定は、行訴法二五条四項に反する違法を犯しており、速やかに是正されるべきである。

三 本件について「本案について理由がないとみえるとき」に当たることについて…被抗告人らの意見書一に対する反論も含めて

1 前述したところに照らして、本件の場合「本案について理由がないとみえるとき」に当たるかどうかを検討するに、被抗告人高昌允、同白順實は、いずれも韓国から本邦に法三条に違反して不法に入国し、引き続き違法な在留を継続している者であり、被抗告人高輝禎、同高義朗、同高義英は、いずれも右被抗告人ら夫婦の間に出生した者で、所定の期間内に在留資格の取得を申請せず、本邦に在留し得る期間を経過して不法に残留していた者であり、これらの事実に基づき所定の手続を経て、法務大臣の法四九条所定の裁決がなされ、抗告人主任審査官が被抗告人らに退去強制令書を発しているのであり、以上の事実は既に提出した疎明資料から明らかであるから、本件各行政処分の適法要件は疎明されていること明白である。

これに対し、被抗告人らは種々の理由をもつて法務大臣の裁決には裁量権の濫用ないしその範囲を逸脱した違法があると主張するところ、右主張は、前述の裁判所の採るべき審査基準に照らし、あるいはこれに照らすまでもなく、いずれにしても理由のないことは原審における意見書及び即時抗告申立書において述べたとおりであり、また、被抗告人ら提出の疎明資料をもつてしては、その主張に係る事実を認めることができないから、結局のところ本件の場合「本案について理由がないとみえるとき」に当たることは明白である。

2 裁判所が執行停止申立事件の審査において、当該本案が理由がないとみえるときに当たるかどうかを判断する際には、過去の不法入国者に対する退去強制令書発布処分等取消事件の判例において、法務大臣が右裁量権を濫用しその範囲を逸脱したと判示された事例があるかを参酌すべきである。けだし、本案訴訟において原告の主張が認められ請求が認容されることが原則として存しない以上、執行停止申立事件において「本案について理由がないとみえるとき」に当たるものとは断定し得ないなどとは容易に判断し得ないであろうし、これを看過し、何ら具体的根拠もないのに将来において立証等がされるかもしれないとの危惧のもとに、「本案について理由がないとみえるとき」に当たるとの判断を避けることが、いかに誤つたものであるかが明白となろう。

そこで、過去の裁判例をみてみると、本件のような事案において、法務大臣が特在許可を付与しなかつたことにつき、裁量権の行使が違法であると判示した事例は皆無である。もつとも、不法入国事案において、今日までに一審において敗訴した事案は四件あるが、内三件(疎乙第六五号証一八七ページ掲記の三件であり、その事案の内容は同号証一九〇ページ〈5〉、〈8〉及び一九一ページ〈14〉に記述されているとおりである。そして、右各ページの記載から明らかなように、〈5〉の事案は一審判決後訴えが取下げられ、〈8〉及び〈14〉の事案は、いずれも控訴審において原判決取消し、原告の請求棄却の判決が言渡され、上告審において上告棄却の判決で終了している。)は、法務大臣の右裁量権の行使の適否が争われたものではなく(右〈5〉につき同号証一九〇ページ、右〈8〉につき同号証二〇三ページ、右〈14〉につき同号証二〇六ページ参照)、また、内一件(大阪地裁昭和五九年七月九日判決判例タイムズ五三一号二五五ページ)は、本件とは事案の内容を異にし、現に大阪高裁第一二民事部において係争中である。

次に、おおむね昭和四九年以降において、大阪地裁に係属した不法入国者夫婦及びその間の子供ら家族から提起され、法務大臣による特在許可の許否の裁量の違法が主張された退去強制処分等取消等請求事件の結果をみてみると、別紙記載のとおりであり、ここでも法務大臣の裁量権の行使が濫用であるなどとされた事例は存在しないのである(その事案の詳細は、疎乙第五一、五二号証、第六六号証ないし七一号証参照。疎乙第七二号証の一ないし三)。

以上述べたところから明らかなように、この種訴訟において法務大臣の特在許可に関する裁量が違法とされたことは一度としてないのである。もとより、各訴訟の原告らに関する事情はそれぞれの事例において異なることはいうまでもないが、それを考慮しても、この種事案において特在許可を与えるべきでないとした法務大臣の裁量に違法なところはないとして裁判所に公認されてきたものというべきであり、現時における判断においても十分考慮されるべきである。

したがつて、以上の状況をふまえると「本案について理由がないとみえるとき」に当たらないとか、断定することができないなどとは軽々にすべきではなく、原告(執行停止申立人)において、法務大臣の裁量権の行使が濫用であり、その範囲を逸脱したものであるとの特段の事情を主張、疎明しなければならず、それが主張、疎明されたときに初めて裁判所としては「本案について理由がないとみえるとき」に当たらないとの判断をなし得るものというべきである。

本件についてこれをみるに、既に主張したところからも明らかなように、被抗告人らは何ら法務大臣の裁量権の行使が濫用であり、その範囲を逸脱したものであるとの特段の事情を主張、疎明しているものではないから、「本案について理由がないとみえるとき」に当たるとの結論に到達することとなるのである。

3 さらに、退去強制処分等取消請求事件を本案とする執行停止申立事件において、「本案について理由がないとみえるとき」に当たることを理由に執行停止の申立てを却下した決定例は、次のとおり多数あり、これらの決定の趣旨は本件においても十分参考とされるべきである。

〈1〉 名古屋地裁昭和五〇年四月三日決定(疎乙第七三号証)

〈2〉 大阪高裁昭和五一年七月一九日決定(疎乙第六〇号証)

〈3〉 東京地裁昭和五三年三月一七日決定(疎乙第六一号証)

〈4〉 名古屋地裁昭和五三年七月一四日決定(疎乙第六二号証)

〈5〉 大阪高裁昭和五五年九月二二日決定(疎乙第五七号証)

〈6〉 東京高裁昭和五七年一一月一六日決定(疎乙第六三号証)

〈7〉 大阪地裁昭和六〇年一一月八日決定(疎乙第七四号証)

〈8〉 大阪地裁昭和六一年六月一七日決定(疎乙第六四号証)

4 ここで、被抗告人らの意見書一について反論を加えておく。

(一) 被抗告人らは、要するに、被抗告人高らと同じように昭和四七、八年頃に本邦に入国し、その後特在許可を付与された行政実例が集積されているのであるから、これら過去の多数の在留特別許可(以下、特在許可という。)事例を全く抜きにして、法務大臣の裁決が適法であると判断することはできない旨主張する。

しかし、右主張自体からしても「行政庁の判断を規制する基準」としての行政実例とはいかなるものか何ら明らかにされておらず、ただ「多数の特在許可事例が集積されている」という事実を抽象的に摘示するのみでは、何ら法務大臣の裁量権の行使に違法があることを示唆さえもしていないのである。

仮に、右主張を善解して、多数の行政実例から「行政庁の判断を規制する基準」があり、その基準に照らし被抗告人らに特在許可を付与しないことが法務大臣の裁量権の濫用であり、あるいは行政先例に違反し、平等原則に違反する旨主張するものであるとしても、右主張は、前述のごとく右基準なるものが何ら具体的に主張されていない点において主張自体失当という外なく、また、既に原審意見書第三、五において述べたとおり、特在許可の許否の裁量においては、当該外国人の個人的事情及び公益にかかる国内事情並びに国益にかかるその時々における外交関係などの客観的事情が総合的に考慮されているのであるから、そこにおいては特定の事案と対比し得る行政先例の存在成立する余地は全く無いし(最高裁昭和五五年一〇月二三日判決、疎乙第五二号証)、まして「行政庁の判断を規制する基準」など存在するはずがないのである。ちなみに、被抗告人らのいう夫婦とも不法入国した者で長期間本邦に在留して生活の基礎が確立している者たちといつても、その入国時期、動機、方法の一つをとつてみても画一的でなくその個人的事情においてはまさに千差万別であり、本件同様法務大臣の特在許可を付与しない処分を争つた事案においても、現に被抗告人らのいうような行政実態、行政先例など全く存在しないものであるとしていずれも法務大臣の処分を適法としているものである(疎乙第四九、五〇号証)。

なお、付言するに申立人ら主張のような行政先例なるものを想定したとしても、先例と相違することをもつて、直ちに裁量権の濫用ないし逸脱がある等といえるものではない(東京高裁昭和五四年一月三〇日判決、疎乙第四七号証参照)ことは既に述べたとおりである。

(二) また、被抗告人らは、疎甲第二〇号証を引用し、「不法入国者に対しても多数特在許可がなされている」と主張する。

しかし、多数の特在許可がなされているとしても、そのことから直ちに法務大臣の裁量権の行使が違法であるなどといい得ないことは前述したところから明らかであり、右主張自体失当といわざるを得ないが、ここでは右統計的数字のあるべき理解について明らかにする。

(1) 特在許可が本邦に在留する権利もなく本来退去強制させられるべき不法入国者に対して付与される恩恵的なものであることは、抗告人の意見書等において既に述べたとおりであつて疑う余地はなく、かつ、法が特在許可の付与を法務大臣の自由裁量に委ねたのは、特在許可の許否の決定に当たり、法務大臣が考慮すべき事情は極めて広範で多種多様にわたつており、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の国内における労働事情、治安状態、衛生状態など公益にかかる事情、国際情勢及びこれに対応するわが国の外交政策など国益にかかる事情をも総合的にしんしやくして出入国管理行政の責任を負う法務大臣の時宜に応じた的確な判断を期待しようとする趣旨に基づくものであるから、このような特在許可制度の法的性質は同制度の運用いかんによつて変わり得るものでないことは明らかである。

(2) ところで、被抗告人らも指摘するように法務大臣に対する異議申出者の七割以上の者に対し特在許可が付与されているとの統計があるが、この数値をもつて特在許可の付与状況について論じることは正確ではない。すなわち、特在許可を付与された者の割合を全退去強制発布人員との関係でみてみると、昭和五七年の退去強制令書発布人員と特在許可を受けた人員とを比較すると、前者は三二九六名、後者は三九五名であり、特在許可を受けた者の割合は約一〇・七パーセントにすぎない。さらに、これを不法入国・上陸者との関係でみてみると、退去強制令書発布人員四七二名に対し、特在許可を付与されたもの一一八名であり、特在許可を受けた者の割合は約二〇パーセントである。また、被抗告人と同じ国籍の韓国人の不法入国・上陸者についてみてみると、特在許可を付与された者の割合は約二一・八九パーセントである(疎乙第七五号証)。以上の数字を正当に評価するならば、不法入国者が原則として退去強制されていることは明らかである。

すなわち、法二四条各号の一に規定する退去強制事由に該当した外国人の多くは、現に置かれている立場あるいは特在許可を得ることの困難さ等を考え引き続き在留することを諦め特別審理官の口頭審理又は法務大臣への異議の申出を放棄し、入国審査官の認定又は特別審理官の判定に服し、退去強制令書が発布され送還されているのが実状である。これを被抗告人らのごとく、退去強制事由該当の外国人全体からみれば少数者である法務大臣に対する異議申出者のみをとらえ、そのうちの特在許可を受けた者と退去強制された者とを単純に比較し、原則と例外が逆転しているとみるのは退去強制の一部のみに目を奪われ、全体的な理解をしていない主張であり失当である。

四 以上述べたところから明らかなように、本件の本案はいずれにしても理由のないことは明白である。

第二回復困難な損害及びこれを避けるための緊急の必要がないことについて

一 被抗告人らは、強制送還されることによつて法律上の訴えの利益が消滅しないとしても、被抗告人らの当事者尋問が不可欠であるところ、これを実施するため本邦に入国するに際し韓国が旅券を発行するか否か不確実であり、また、法五条一項九号からすると一年以内に本邦入国は不可能であつて、事実上本人尋問は閉ざされる旨主張する(意見書二1)。

確かに訴訟手続上、立証方法の一として、本人尋問が実施される場合が多いことは一般論としてはいい得るとしても、本件においては、被抗告人らの不法入国の事実、在留状況、退去強制手続等の事実関係については、おおむね当事者間に争いがないであろうし、また被抗告人らにおいてもその成立及び内容について争いがないであろう被抗告人高昌允の審査調書及び口頭審査調書(疎乙第四〇ないし四二号証)、被抗告人白順實の供述調書、申告録取書及び審査調書(疎乙第四三ないし四七号証)が存在し、それらには本件に関する事実関係が詳細かつありのままに記載されているのであるから、特に被抗告人らの本人尋問を実施しなければ事実関係が不明になるというものではない。したがつて、被抗告人らが本件においては本人尋問が不可欠であるなどというところは当らない。

仮に、被抗告人らについて本人尋問を実施することがどうしても必要であるという場合が生じたとしても、本邦に入国することは可能であると重ねて主張せざるを得ない。すなわち、被抗告人らが、その所属国たる韓国政府によつて旅券が発給されるか否か不確定であると主張しているところが、どのような根拠をもつて主張するかは不明であるが、韓国の旅券法をみるも密出国者には旅券を発給しないとの規定がない以上、国民から申請があれば旅券が発給されることがあるものと考えざるを得ないし、かえつて被抗告人らにおいて旅券の発給が絶無であるか、あるいは、著しく困難である旨主張するのであれば、それを根拠づける韓国国内法規を挙げて主張立証すべきであろう。それをすることなく、ただ「不確実」であるなどとの理由をもつて「回復困難な損害が生じる」と主張することはできないものというべきである。

次に被抗告人らは、法五条一項九号を根拠に一年以内の本邦への入国は不可能である旨主張する。確かに、法五条一項九号は、被抗告人主張のとおりの上陸拒否事由を定めている。

しかしながら、法五条所定の上陸拒否事由は絶対的にこれら拒否事由該当者の上陸を否定するものではなく、一連の上陸審判手続きを経た後法務大臣による上陸特別許可により上陸することも可能であり、被抗告人らの主張はこの法制度の存在に対する認識を欠いたものであつて失当である(法九ないし一二条参照)。

二 次に、意見書二2の主張について反論するに、抗告人の主張の趣旨は、即時抗告の申立書二において述べたとおりであつて、裁判所にも明らかな事実であると思われるが、ここで被抗告人らの主張に副つて若干付言する。

被抗告人高昌允は現在大村入国者収容所に収容中であるが、その在留が退去強制令書(以下「退令」という。)の執行(収容)による拘束を受けているものであつても、それが不法入国という違法行為に端を発するものであることには何ら変更はなく、これを違法な在留と評することに支障はない。

第三被抗告人らの意見書三に対する反論

被抗告人らは、法五一条五項所定の退令による収容を短期間に限る旨主張するのであるが、右主張は何ら根拠のない独断といわざるを得ない。

すなわち、法五二条五項は、退令を直ちに執行することができない事情が存する場合、当該被退去強制者の送還が可能となるまで収容することができる旨定めているものであつて、それが直前にせまつた送還までとは限定していないこと右規定をみれば明らかである。

また、被抗告人らは、外国法制を挙げてるる主張するが、外国立法例はあくまでも外国における立法例にすぎず、これを法制を異にする我が法の解釈の根拠となし得るものではないことは明らかである。

次に、被抗告人らは「原決定が相手方白及びその子について収容部分の停止を含めて認容した理由は、同人らが近く仮放免期間の満了と同時に収容されることが予定されていたため」であると主張する。

しかし、原決定を精読するもそのような記述はなく、むしろ原決定には被抗告人白らが仮放免されているにもかかわらず、何らその点について判示していないことからすると、被抗告人白らが仮放免されている事実を考慮することなく、右決定時点において回復困難な損害を避けるため緊急の必要性があると判断した瑕疵があることが容易に判明するのである。

なお、被抗告人らは、収容部分を含めて執行停止がされることによつて、法による規制から一時的に解放されるが、外国人登録法上の制約のある旨主張する。

しかし、同法上の義務は、事後的な届出義務に過ぎず(同法八条参照)、これをもつて仮放免許可の際付される条件を含め、法上の直接的規制と同一視し得るものでないことは当然であり、右主張自体、収容部分の執行停止の効果を正解しないものである。

第四被抗告人らの意見書四に対する反論

被抗告人らは、韓国政府は近時被退去強制者のほぼ全部を引き取つているので、本案訴訟で被抗告人らが敗訴した場合、被抗告人らを韓国政府が引き取ることは明白であるから、一時的な執行停止は許されると主張する。

しかしながら、被抗告人らの述べる韓国政府の被退去強制者の引取状況については、正確な事実であるといい難いところであるが、韓国政府がおおむね右のような姿勢をとつているとしても、それは我が国入国管理当局のねばり強い交渉の積み重ねの結果であり、この当局の努力には本件のように退去強制処分に対する抗告訴訟を本案とする退去強制処分執行停止申立に対する応訴努力も当然含まれているのであり不法入国者については早期送還を実現しようとする我が国政府の一貫した断固たる態度が同国政府の前記のような対応を引き出していることは否定できないのである。にもかかわらず、被抗告人らのような主張は、これら我が国入国管理当局の努力をあえて等閑視する暴論といわざるを得ない。

なお付言するに出入国管理行政の本質は全体的、広域的、国家的見地から総合的に判断し長期的視野にも立つて行なわれるものであつて、民事事件のようにその損害や影響が具体的でないこと、可視的でないこと等から早計に影響がないとするのは、あまりにも短絡的、近視眼的な判断であり出入国管理行政の本質をみない不当なものである。すなわち、たとえ一人の密航者であつても、その退去強制処分の執行を停止することは出入国管理行政を萎縮、硬直化させ、さらには不法入国の抑止的効果を弱め、不法入国者、ひいてはこれらの者の潜在を増加させるなど、移民、労働力の受入れ政策を取つていないわが国の国策にも著しく反し、労働、保健、衛生、教育等の社会生活の種々の方面において無視し得ない影響を及ぼすこととなるのであり、その結果広範で大きい損害をわが国にもたらすことは明らかであるから、公共の福祉に重大な影響を及ぼすこととなるのである。

第五以上の次第で、本件執行停止の申立ては理由がないこと明白であるから、すみやかに原決定一、二項を取消し、即時抗告の申立の趣旨記載の決定がなされることを求めるものである。

別紙(三)

補充意見書(二)

第一 抗告人は、被抗告人らの昭和六一年七月二八日付け補充意見書に対し、次のとおり意見を述べる。

一 被抗告人らは、右補充意見書一において、まず、「特在許可の許否の決定に当つては、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の国内における労働事情等、国際情勢及びこれに対応するわが国の外交政策など国益にかかる事情を総合的にしんしやくして決定する」との抗告人の主張を認めた上で、「国内における労働事情等や国益にかかる事情に何らの変化のない場合においては、当該外国人の個人的事情で特在許可の許否が決定されるべきであり、過去の出入国管理行政は、右の基準から実施されてきた」とし、個人的事情としての特在許可の基準なるものを種々列挙した上で、昭和六〇年三月までの出入国管理行政は、この基準に従つて行われてきた旨主張する。

しかし、被抗告人らの右主張は、被抗告人らの独断に基づくものであつて、失当であること明白である。以下、詳述する。

被抗告人らは、その主張の前提として、「国内における労働事情等や国益にかかる事情に何ら変化のない場合」との条件を設定しているが、右のような前提条件が想定しえないことも明らかであり、この点において右主張は失当というほかない。

また、被抗告人らが個人的事情としての特在許可の基準として列挙するところは、被抗告人らにおいて独自の判断のもとに主張しているものであつて失当である。すなわち、法務大臣の特在許可の許否は、意見書、即時抗告申立書及び補充意見書において既に詳細に述べたとおり法務大臣の広範な自由裁量に属する事項であつて、各人ごとの個別性をもつ個人的事情についてはそれぞれ千差万別であるところから、被抗告人らが主張するような固定的又は一義的な基準を設定することは不可能なことなのであり、現にそのような基準を設けていないのである。

さらに、被抗告人らが右主張の根拠として引用する疎甲第二二ないし二六号証の各一、二は、単に特在許可を得たと主張する者の氏名、生年月日、入国時期及び特在許可の付与年月日等を明らかにするだけのものであつて、被抗告人らが主張するような特在許可の基準が存在することを示すものではない。

よつて、被抗告人らの右主張はいずれにしても失当であること明白である。

二 次に、被抗告人らは、前記補充意見書一において、「抗告人は、これまでの裁判例で、不法入国者の事案で裁量権の行使が違法であると判示した事例は皆無であると主張する。」として、大阪地裁昭和五九年七月九日判決を摘示する等して反論しているが、右主張は、抗告人の主張を正解しない失当なものである。すなわち、抗告人が昭和六一年七月一七日付け補充意見書第一・三・2において主張するところは、「過去の裁判例を見てみると、本件のような事案において、法務大臣が特在許可を付与しなかつたことにつき、裁量権の行使が違法であると判示した事例は皆無である。」と主張しているのであつて、不法入国者の事案すべてにつき裁量権の行使が違法であると判示した事例が皆無であると主張したわけではない。しかして、大阪地裁昭和五九年七月九日判決は本件とは事案の内容を異にしているため本件審理の参考とはならず、加えて現在大阪高裁第一二民事部において係争中であり、いまだ確定した判例といえるものではないのである。

また、被抗告人らは、昭和四八年に大阪地方裁判所に係属していた不法入国者の事案八件について、特在許可が付与された結果訴えが取下げられたが、これらは判決までに至れば裁量権の行使が違法とされる可能性の極めて高い事案であつたと主張している。

しかし、既に退去強制令書の発付を受けている者に対しても、右発付処分以後新たな個人的事情が生じる等事情の変更があれば、人道上の配慮から個々に審査し特在許可が与えられることがあることからすると、訴訟係属中の事案について特在許可が与えられたことをもつて直ちに「法務大臣の裁量権の行使が違法とされる可能性が極めて高い事案であつた」などと即断することはできず、被抗告人らの右主張は単なる推測に基づく暴論というべきである。すなわち、出入国管理及び難民認定法五〇条一項三号の特在許可の付与に関する法務大臣の自由裁量行為の裁量権の行使について裁判所が審査するのは、係争の行政処分が違法に行われたかどうかの点であつて、行政処分が行われた後の事情等を含め弁論終結時において、裁判所が行政庁の立場に立つていかなる処分が正当であるかを判断するのではないのであるから(最高裁昭和二七年一月二五日判決・民集六巻一号二二ページ、最高裁昭和二八年一〇月三〇日判決・行裁例集四巻一〇号二三一六ページ、最高裁昭和三四年七月一五日判決・民集一三巻七号一〇六二ページ等参照)、訴訟係属中に特在許可が与えられたことをもつてその訴訟において訴えの取下げがなければ裁量権の行使を違法とする判決がなされた可能性が高い事案であつたなどとすることはできないのであり、被抗告人らの主張が失当であることは明らかである。

三 被抗告人らは、最後に軽々に「本案について理由がないとみえるとき」であるとして、不法入国者について裁判を受ける権利を奪うべきではないと主張する。

しかしながら、本件が本案について理由がないとみえるときにあたるものであることは意見書、即時抗告の申立書及び補充意見書において既に詳細に述べたところから明白であるし、不法入国者が退令の執行によつて本国に送還されたとしても、その裁判を受ける権利が否定されることにはならないことは確定した最高裁判所の判例である(最高裁昭和五六年二月二六日決定疎乙第七八、七九号証)。

また、被抗告人らが「本案の審理によつて充分な立証をつくさせるべきである」と主張する「特在許可の許否の基準及びその根拠」については、右基準の存しないことが抗告人の本意見書及び従前の主張からしても明白であるとともに、同種事案を数多く審理されている裁判所におかれては既に公知の事実となつているのであるから、右の点についての立証をつくす余地など全く存しないのである。

加えて、本執行停止申立事件の審理を通じて、本件が本案について理由がないとみえるときに当たることが明白となつている以上、いたずらに本件退令の執行を停止することなく、すみやかに右執行を了させることが公共の福祉に合致するものであり、その上で本案訴訟の審理を継続させることとしても何ら被抗告人らの裁判を受ける権利を奪うこととならないのである。

よつて、被抗告人らの右主張は失当である。

第二 抗告人は、被抗告人高昌允、同白順實に関し、次の事実を補充して主張する。

被抗告人高、同白の不法入国の事実については、原審における被申立人意見書第一、(高昌允)二及び(白順實)三、四において述べたところであるが、被抗告人高は、昭和四八年一〇月一五日ころの不法入国に関する外国人登録法違反の罪で、昭和五九年一月三〇日大阪地方裁判所において懲役八月(執行猶予二年)の刑に処する判決(疎乙第八〇、八一号証)を受け、また、被抗告人白は、昭和四七年一一月ころの不法入国に関する出入国管理令違反、外国人登録法違反の罪で、昭和四九年一一月二六日大阪簡易裁判所において罰金一〇万円の刑に処する判決(疎乙第八二号証)を、さらに昭和五〇年五月七日ころの不法入国に関する外国人登録法違反の罪で、昭和五九年一月一三日大阪地方裁判所において懲役一〇月(執行猶予二年)の刑に処する判決(疎乙第八三、八四号証)を受けている。

以上の次第で、被抗告人らに対し特在許可を付与しなかつた法務大臣の本件裁決には何ら違法なところがなく、被抗告人らがるる主張するところは全く理由がなく失当であること明白であるから、貴裁判所におかれては、すみやかに原決定を取消し、抗告の趣旨記載の決定をなされるよう切望するものである。

別紙(四)

意見書

一 「本案について理由がないとみえるとき」について

1 抗告人は、本件退去強制処分(以下「本件処分」という)について、原則として自由裁量処分であり、在留特別許可(以下「特在許可」という)は、当該外国人の個人的事情のみならず、国内事情及び国際情勢、外交政策等の対外的事情が総合的に考慮されるものであるから、同許可の裁量の範囲は極めて広範囲であつて、他の一般の行政処分とは異り恩恵的措置としての性格を有すると主張する。

そして、法務大臣の裁量権の行使について違法となるかどうかを審理、判断するに当たつては、「その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理する」とする最高裁判決を引用し、本件処分は右基準よりもなお限定すべきであると主張する。

しかしながら、右最高裁判決の基準が妥当であるとしても、行政事件訴訟法第三〇条は、「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に、その処分を取消すことができる」と定めており、出入国管理及び難民認定法(以下「法」という)第一条は、「出入国の公正な管理を図る」と定めているのであるから、単なる恩恵的措置というが如き法の運用では到底「公正な管理」ということはできないというべきである。

入管行政は、長年に亘り、本邦に居住する外国人に対し特在許可をなしてきたものであり、その行政実例は多数集積されているのであるから、これらの実例は、行政庁の判断を規制する基準として司法判断の対象となるというべきである(山下薫判事「東京地裁行政部における行政処分執行停止制度運用の現況について(1)」判例時報六一一号八頁)。

2 本件相手方高昌允(以下「相手方高」という)及び相手方白順實(以下「相手方白」という)は、昭和四七、八年頃に本邦に入国した者であるが、昭和六〇年以前には、かかる条件の外国人に対しても、多数の特在許可事例が集積されているのであるから、相手方高及び同白並びにその子のみが、何故に本件処分を受けるべきであるかを充分に審理すべきものである(疎甲第二〇号証、不法入国者に対しても多数の特在許可がなされている)。

抗告人は、相手方らの資産、扶養を必要とすべき係累の有無等から、直ちに本件処分が適法であつて、「本案について理由がないとみえるとき」に当たると主張するが、多数の特在許可事例を全く抜きにして適法であると判断することは、到底許されるものではない。

二 「回復困難な損害」について

1 抗告人は、相手方らが強制送還されても、本案について代理人が選任されているのであるから、本案訴訟を維持することが可能であり、また勝訴判決が確定すれば、再び本邦への入国は可能であると主張する。

しかしながら、本案訴訟において勝訴するためには、相手方本人の尋問が不可欠であるところ、万一強制送還された場合には、右出頭を確保することは事実上不可能である。抗告人の引用する最高裁決定は、実情を全く無視したものである。即ち、相手方の属する国(本件では韓国)が相手方らに対し旅券を発給するか否かが不確定であるのみならず、法第五条一項九号は、退去強制処分により退去した者は、退去した日から一年を経過しない限り、本邦に上陸することはできないと定めているのであるから、一年以内の本邦入国は不可能であり、事実上本人尋問は閉ざされることとなるのである。

したがつて、強制送還によつて法律上の訴えの利益が消滅しないとしても、相手方らの裁判を受ける権利が著しく制限されることは明らかである。

よつて、相手方らが強制送還されることによつて「回復困難な損害」を蒙ることは明らかである。

2 次に抗告人は、本件のような入管関係の訴訟においては、この執行停止制度が当該外国人の違法な本邦在留状態を少しでも引き延ばすための手段として利用されるのが一般であると主張し、あたかも本件もその一例であるかの如く主張する。

しかしながら、退去強制処分に対し取消訴訟を提起することは、外国人と言えども憲法上の権利であり訴訟を提起し、判決までの間に要件が充足される限り執行停止を得ることも、また権利であるというべきである。

本件においては、相手方高は、送還部分のみの停止決定を得ているにすぎず、現に大村入国者収容所に収容中であるから、違法な本邦在留状態を継続しているものではない。また、相手方白及びその子らが本案判決言渡しを受けるまでの間に、退令の執行が困難になるような状態を築きあげることは不可能である。

したがつて、抗告人が本件について執行停止制度を違法な本邦在留状態の引延しの手段として利用していると非難するのは、全くの中傷であり、何らのいわれもないものである。

さらに抗告人は、送還部分の執行停止決定でさえも、相手方らの本邦への居座りを助長し、ひいては同種事案における不法入国の誘発、助長につながると主張するが、前段についてはすでに反論したが、後段については、相手方らに対する退去強制処分の発付によつて、不法入国の抑止効果は充分機能しているのであるし、まして相手方高を収容しているのであるから、抑止効果は充分であつて、送還停止決定が入管行政に多大な支障を来すとの主張は、まさに針小棒大のそしりを免れないものである。

三 収容の法的性質について

抗告人は、法第五二条の収容の性質の一つとして退令に基づく収容を、本邦在留の法的根拠を有しないことが確定した外国人を隔離し、その在留活動を禁止することにあると主張する。

しかしながら、法第五二条五項は「退去強制を受ける者を直ちに本邦外に送還することができないときは、送還可能のときまで、」「収容することができる。」とし、送還について何らかの障害事由がある場合に短期間の収容を許容しているが、長期間の収容を許容したものではない。抗告人の主張は法の趣旨を著しく拡張したもので不当である。

この点について、アメリカ及び西ドイツの出入国管理法制は、強制送還に際しての収容について次のとおり期限を設けている。

アメリカの「移民および国籍法」第二四二条c項「法務長官は、行政手続による退去強制の最終的命令の出された日から六ケ月以内に、また司法上の再審が行われ、裁判所の最終的命令が出された日から六ケ月以内に、当該外国人の退去強制を実施しなければならない。」

西ドイツ「外国人法」第一六条「外国人は、退去強制を即時に決定し得ず、かつ勾留することなくしては強制送還が著しく困難又は不可能となる場合、退去強制の準備のために勾留されなければならない。この勾留の期間は、六週間を超えないものとする。外国人は、強制送還を確実にするために勾留が必要であるときは、勾留をされなければならない。勾留はこれを六ケ月以下命じることができ、かつ全期間を一年まで延長することができる。」(「自由と正義」一九八三年一月号六一頁)

原決定が相手方白及びその子について収容部分の停止を含めて認容した理由は、同人らが近く仮放免期間の満了と同時に収容されることが予定されていたために、収容によつて相手方らの教育上及び保育上の利益が著しく侵害されるものと判断したためである。

抗告人による仮放免許可の継続が確実であつたのであればともかく、早晩収容されることが確実であつたのであるから、回復困難な損害を避けるために、収容部分を含めて執行停止をなすことは当然である。その結果、法による規制から一時的に解放される(但し、外国人登録法上の制約はある)ことがあつても、やむをえないというべきである。

なお、仮放免許可の際付される条件の主なものは、保証金と一定地域外への旅行の際の許可、通常一ケ月に一度の入管への出頭義務であるが、本件の如く相手方白らに逃亡の恐れのない状況においては、必ずしも必要な条件とは言いえない。

四 公共の福祉に対する重大な影響について

抗告人は、本件執行停止が入管行政に対し著しい停滞若しくは多大の支障を来すと主張する。

しかしながら、韓国政府は近時、被退去強制者のほぼ全部を引き取つている状況にあるのであり、本件の本案訴訟で相手方らが敗訴した場合に、相手方らを引き取ることは明白であつて(過去の事例は全て順調に送還されている)、一時的な執行停止によつて入管行政が著しく停滞したり、あるいは送還交渉に支障を来すことはありえないことである。

また、万一の場合の身柄確保であるが、相手方らは大阪入国管理局に対し不法入国事実を自主申告した後、違反調査手続終了までの間は仮放免許可のないまま日本社会で居住していたものであり、本件執行停止後も、相手方高が収容中であり、かつ、相手方白は年少の子三人を抱えて日々の生活に苦悩している状態であるから、逃亡の恐れは全くなく、仮放免制度の根底を覆すものではない。

よつて、公共の福祉に重大な影響を及ぼすものではない。

別紙(五)

補充意見書

抗告人の昭和六一年七月一七日付補充意見書に対し、次のとおり反論する。

一 特在許可の基準について

抗告人は、特在許可の許否の決定に当つては、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の国内における労働事情等、国際情勢及びこれに対応するわが国の外交政策など国益にかかる事情を総合的にしんしやくして決定すると主張する。

法務大臣の特在許可の許否の一般的基準としては、抗告人の主張するところに理由なしとはしない。

しかしながら、国内における労働事情等や国益にかかる事情に何らの変化のない場合においては、当該外国人の個人的事情で特在許可の許否が決定されるべきであり、過去の出入国管理行政は、右の基準から実施されてきたと言つても過言ではない。

抗告人は、これまでの裁判例で、不法入国者の事案で裁量権の行使が違法であると判示した事例は皆無であると主張する。

しかしながら、法務大臣の裁量権の行使が違法であるとした大阪地裁昭和五九年七月九日判決(疎甲第一九号証)があるほか、昭和四八年には、大阪地方裁判所に係属していた不法入国者の事案八件が全て在留特別許可を付与された結果、取下げられているのである(疎甲第二一号証)。

これらは判決までに至れば、裁量権の行使が違法とされる可能性の極めて高い事案であつたが、法務大臣の特在許可の付与のため、訴の利益が消滅し、取下げに至つたので、裁量権の行使の違法性について判断がなされなかつたものである。

個人的事情としての特在許可の基準は、不法入国者の事案については、夫婦の居住歴が一〇年以上であり、職業を有して生活しうるだけの収入があること、素行が善良であること、ある程度の資産を有すること、本邦に肉親(親又は兄弟姉妹等)が居住していること、不法入国を自主申告したこと等である。

昭和六〇年三月までの出入国管理行政は、右基準に従つて行われてきたのである。

右根拠を示す特在許可事例は多数存在する(疎甲第二二号証以下参照)。

二 特在許可の統計について

相手方らが特在許可事例は、法務大臣に対する異議申出者の七割を占めていると主張したのに対し、抗告人は退去強制令書の発付人員からすると特在許可者は約二〇%であり、また、相手方らと同じ国籍の韓国人の不法入国・上陸者については約二一・八九%であると主張する。

本邦への不法入国・上陸者の中には、本邦入国後数年の者、あるいは独身者が多数存在しており、かかる者は、法務大臣に対し異議申出をしても特在許可を付与されることは、極めて稀有であるから、法務大臣に対する異議申出を放棄し、入国審査官の認定又は特別審理官の判定に服し、退去強制令書が発付されて送還されるのである。

したがつて、法務大臣に対し異議の申出をなして特在許可の付与を求めるのは、前記特在許可の許否の基準を充足している者が圧倒的多数を占めるのであり、それ故に、法務大臣に対する異議申出者のうち特在許可者が七割を占めることは、出入国管理行政が過去の行政実例に則つて公正になされてきたことを示すものである。

よつて、相手方らは原則と例外を逆転させているものでは決してないのである。

右に述べた特在許可の許否の基準及びその根拠については、本案の審理によつて充分な立証をつくさせるべきであり、軽々に「本案について理由がないとみえるとき」であるとして、不法入国者について裁判を受ける権利を奪うべきではない。

別紙(六)

申立の理由

一 行政処分と取消訴訟の提起

申立人高昌允(以下申立人高という)および同白順實(以下申立人白という)は、いずれも有効な旅券を所持せずに韓国から本邦に入国し、その余の申立人らは右両名の子であるが、昭和五八年一一月一四日相手方に対し右事実を申告したところ、大阪入国管理局入国審査官より出入国管理及び難民認定法(以下法という)二四条一号に該当すると認定され、口頭審理の請求をしたところ同局特別審理官により右認定は誤りがない旨の判定を受けた。

そこで、申立人らは申立外法務大臣(以下申立外大臣という)に異議申出をなしたが、昭和六一年三月三日申立外大臣は右異議の申出は理由がない旨の裁決(以下本件裁決という)をし、同月一〇日相手方は申立人らに対し退去強制令書を発付した(以下本件処分という)。

申立人らは、本日申立外大臣及び相手方を被告として御庁に対し本件裁決及び本件処分の取消しを求めて訴訟を提起した。

二 本件裁決及び本件処分の瑕疵

1 申立人らの経歴は、本訴状請求の原因第二項記載のとおりであるが、本件裁決及び本件処分は、一〇年以上もの間平穏な生活を営んできた申立人らの生活を破壊し、韓国に追放処分をなすものであるから、申立人らにはかり知れない苦痛と不利益を与えるものであり、確立した国際法規というべき世界人権宣言九条、難民の地位に関する条約、国際人権規約九条、一三条に違反し、ひいては憲法前文及び一三条にも違反する。

2 本件裁決及び本件処分は、申立人らに対して何ら納得のいく合理的な理由を示すことなくなされたものであり、憲法三一条に違反する。

3 申立人らの経歴、特に申立人白が韓国で政治的に迫害されている状況でやむなく本邦に在留する姉を頼つて入国したこと、密航に不法目的がないこと、在日中の真摯な生活態度、申立人らの安定した経済状態、申立人高輝禎ら三名が日本人と同様の生活を送り、かつ教育を受けていること等を考えると、申立外大臣は申立人らに対し人道的見地からの配慮をすべきであつたのに、法五〇条一項所定の在留特別許可(以下特在許可という)を付与することなく、本件裁決をしたものであるから、本件裁決には裁量権の範囲を逸脱したか又は裁量権を濫用した違法がある。

4 申立外大臣に対する異議申出者の七割以上の者に特在許可が付与されているという過去の行政実態、夫婦とも不法入国した者であつても長期間本邦に在留して生活の基盤が確立している者に対しては、特在許可がなされることが多いという行政先例の存在に照らして、他に何ら特段の事情が存在しないにもかかわらず、申立人らに対し特在許可を付与しなかつた本件裁決は、憲法一四条、国際人権規約B規約二六条の平等原則に違反する。

三 執行停止の緊急性、必要性

申立人らに対する本件処分に基づき、申立人高は大村入国者収容所に収容中であり、またその他の被申請人らも収容されて韓国にいつ強制送還されるか知れない状態にある。

申立人らが強制送還されれば、本案の訴の利益が消滅することとなるとともに、収容それ自体が申立人らに対する精神的、肉体的苦痛の極めて大きいものであるから、本件処分の執行を停止すべき緊急の必要性がある。

原審決定の主文及び理由

主文

一 被申立人が昭和六一年三月一〇日付で申立人高昌允に対して発付した退去強制令書に基づく執行は、その送還部分に限り、本案(当庁昭和六一年(行ウ)第二四号)の第一審判決言渡しまで停止する。

二 被申立人が昭和六一年三月一〇日付で申立人白順實、同高輝禎、同高義朗、同高義英に対して発付した退去強制令書に基づく各執行は、本案(当庁昭和六一年(行ウ)第二四号)の第一審判決言渡しまで停止する。

三 申立人高昌允のその余の申立を却下する。

四 申立費用中、申立人高昌允と被申立人間に生じた分はこれを二分し、その一を申立人高昌允の負担とし、その余を被申立人の負担とし、その余の申立人らと被申立人間に生じた分は被申立人の負担とする。

理由

一 申立人らの申立の趣旨及び理由は、別紙(一)記載(但し「相手方」を「被申立人」と改める。)のとおりであり、被申立人の意見は、別紙(二)記載のとおりである。

二 当裁判所の判断

1 本件記録によると、被申立人が申立人らに対し、昭和六一年三月一〇日付で各退去強制令書を発付し(以下「本件令書発付処分」という。)、次いで、申立人らが右令書の執行として、同日、大阪入国管理局(以下「入国管理局」という。)の収容場に収容され、申立人白順實(以下「申立人白」という。)、同高輝禎(以下「申立人輝禎」という。)、同高義朗(以下「申立人義朗」という。)及び同高義英(以下「申立人義英」という。)らは、同日、帰国のための家事整理を理由に仮放免を受けたが、申立人高昌允(以下「申立人高」という。)は、同月一八日に大村入国者収容所に収容され、近日中に申立人ら全員が韓国に強制送還される予定であることが一応認められ、また、申立人らが、法務大臣及び被申立人を相手方として、当裁判所に対し、法務大臣が昭和六一年三月三日付で申立人らに対してした出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)四九条一項に基づく異議申立を理由なしとした裁決(以下「本件裁決」という。)及び本件令書発付処分の各取消の訴えを提起(当裁判所昭和六一年(行ウ)第二四号)し、現在審理中であることは当裁判所に顕著な事実である。

2 本件記録によれば、次の事実が一応認められる。

(一) 申立人高は、昭和一九年一〇月八日韓国済州道済州市三徒里二一一番地において、いずれも韓国に国籍を有する父高太岩、母文彬来の長男として出生した韓国人であり、地元の国民学校を卒業後、家業である海産物卸売業の手伝いをし、昭和三九年から約二年間の兵役後釜山市内において個人で海産物の貿易業(日本への輸出)を始めたが、昭和四六年四月ころ、持船が衝突事故をおこしたため経営が悪化して倒産し、昭和四八年一〇月ころ、当時本邦に不法入国して潜在中であつた友人白漢炯(申立人白の兄)を頼り出稼ぎの目的で本邦に不法入国し、いつたん神戸市長田区内の前記白漢炯方に身を寄せ、その後東大阪市内で乳母車部品製造工、昭和四九年三月ころから大阪市生野区内でヘツプ工、昭和五二年二月ころから神戸市須磨区、同市長田区で靴加工業、昭和五七年二月ころから再び大阪市生野区でヘツプ加工業をして稼働した。この間、申立人高は、昭和四九年一月一六日、当時本邦に不法入国して潜在中であつた申立人白と婚姻申告をし、同女との間に、昭和五一年二月一二日次女の申立人輝禎、昭和五四年一一月一一日長男の申立人義朗、昭和五六年一一月一五日三女の申立人義英(以下、右三名を「申立人輝禎ら」という。)をもうけ、昭和五八年一一月一四日入国管理局に不法入国の事実を申告するまでひそかに本邦に居住していた。

なお、申立人高は、昭和五九年六月一二日、大阪市生野区田島二丁目三五番三〇、三五番四〇所在の土地建物を代金一二五〇万円で購入し、昭和六一年三月一〇日、入国管理局に収容されるまで、申立人白ら家族と共に同所に居住していた。

(二) 申立人白は、昭和二〇年九月一三日韓国済州道済州市禾北里四一五六番地において、いずれも韓国に国籍を有する父白楽順、母高貞奉の末子として出生した韓国人であり、地元の国民学校、女子中学校を経て済州女子高等学校に入学し同校を一年で中退後、家事手伝い、店員などとして稼働したが、昭和四七年一一月ころ本邦に居住する姉白元實を頼り出稼ぎの目的で本邦に不法入国し、大阪市生野区内でネームプレート製造工、ヘツプミシン工などをして稼働した。申立人白は、同高と婚姻後の昭和四九年一〇月二三日入国管理局に摘発され、その際、自己が独身である旨嘘をいい、不法入国潜在中の夫の申立人高との同居事実を申告しないまま退去強制手続を受け、入国審査官の認定に服して同年一一月二八日大阪空港から自費出国したが、昭和五〇年五月ころ再び本邦へ不法入国し、大阪市生野区内で申立人高と同居し、次女の申立人輝禎、長男の申立人義朗、三女の申立人義英をもうけるとともに自らはヘツプミシン工として稼働し、昭和五八年一一月一四日、右不法入国の事実を入国管理局に申告するまでひそかに本邦に居住していた。

(三) 申立人輝禎、同義朗、同義英は、前叙のとおり、申立人高及び同白を両親として出生し、申立人輝禎は、現在、大阪市西成区内の金剛学園小学校五年生に、申立人義朗は、大阪市立田島小学校一年生にそれぞれ在学中であり、申立人義英は、保育園に通園しているが、右三名は、いずれも在留資格取得の許可申請をすることなく、法定の期間を越えて本邦に不法に残留している。

(四) 入国管理局入国警備官は、申立人らについて法二四条一号及び七号に該当する疑いがあるとして違反調査に着手し、その結果、昭和六〇年一〇月一四日、当該法条該当容疑者として、申立人らを入国管理局入国審査官(以下「入国審査官」という。)に引渡した。入国審査官は、申立人らに関する容疑事実について審査を行い、申立人高については同年一一月一日、同白については同年一〇月二五日にそれぞれ法二四条一号に該当する旨の、申立人輝禎らについては同日にそれぞれ法二四条七号に該当する旨の認定をし、申立人らに対し、その旨を通知した。申立人らは、右認定に対し、いずれも口頭審理の請求をしたので、入国管理局特別審理官は、申立人らの口頭審理を行い、昭和六〇年一一月二九日、申立人高につき、同月三〇日、同白及び同輝禎らにつき、いずれも申立人らに関する入国審査官の各認定には誤りがない旨判定し、右各同日、申立人らにそれぞれその旨通知した。申立人らは、法務大臣に対し、右判定について異議を申し出たが、法務大臣は、昭和六一年三月三日、申立人らの右異議の申出はいずれも理由がない旨裁決し、その旨の通知を受けた入国管理局主任審査官は、同月一〇日、申立人らに対し、法務大臣の右裁決結果を告知するとともに、同日本件退去強制令書を発付した。

以上の事実が一応認められる。

3 ところで、申立人らが、本件令書発付処分に基づく執行によつて韓国に送還された場合、本案訴訟における訴の利益が消滅して本案訴訟による救済を受けられないおそれが生じると考えられる。また、仮に、申立人らが本案訴訟で勝訴しても、申立人らが本邦在留の状態に戻ることができるか否かも明らかでない。そうすると、申立人らが本国へ送還された場合、本案訴訟を提起した目的である本邦での適法な在留を得られない不利益を被るおそれがあり、この不利益は、申立人らにとつて回復困難な損害であつて、その損害を避けるためには、少なくとも送還部分の執行を停止すべき緊急の必要があるというべきである。

したがつて、本件申立中、申立人らについて、本件各令書発付処分に基づく、送還部分の執行停止を求める部分は理由がある。

また、前記2の認定事実によれば、申立人輝禎、同義朗は小学校在学中であり、同義英は保育園に通園しているから、申立人輝禎らを本案判決まで相当期間教育施設が整備されていない大村入国者収容所に収容し続けることは、申立人輝禎らにとつてはもとより、同申立人らの母親であつて同申立人らを監護教育すべき申立人白にとつても教育上、保育上著しい不利益を被るおそれがあり、この不利益は申立人白及び同輝禎らにとつて回復困難な損害というべきであるから、その損害を避けるため緊急の必要があるといわなければならない。ところで、申立人高は、同輝禎らの父親であつて、同申立人らを監護教育すべき立場にある者ではあるが、前認定のとおり、現在大村収容所に在所中であるため、当面、仮放免を受けた申立人白が昭和六一年三月一〇日以来母親として同輝禎らの監護教育に当つている現状にあつて、申立人高の収容によつて申立人輝禎らの監護教育に特に支障が生ずる事態となつているとも認められないから、本案判決の言渡しまでの間は、右のような状態でも申立人輝禎らの監護教育を支障なく行いうるものと考えられるのであつて、申立人高については、本件令書に基づく収容部分の執行により回復困難な損害を被り、これを避けるため緊急の必要があるとの事実を一応認めることはできない。

ところで、申立人らが本案訴訟において主張する本件裁決及び本件令書発給処分の各違法事由のうち、法務大臣が裁決に当つて在留特別許可を与えなかつたことが裁量権の逸脱ないし濫用である旨の主張は、前記認定事実に照らし、明らかに失当であるとはいえないうえ、本案訴訟において、右の主張が認められる余地が全くないわけではないから、本案について理由がないとみえると断定することはできない。

また、被申立人の主張を検討し、本件記録を精査しても、本件令書発付処分の執行の全部又は一部を停止することによつて、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると認めるに足りる疎明がない。

4 よつて、申立人高の本件申立は本件退去強制令書の送還部分の執行停止を求める限度で、申立人白、同輝禎、同義朗、同義英の本件申立は、すべて理由があるから、それぞれこれを認容し、申立人高のその余の申立を却下し、申立費用につき行訴法七条、民訴法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり決定する。

別紙(一)

申立の趣旨

相手方が申立人らに対し発した昭和六一年三月一〇日付退去強制令書発布処分に基づく執行は、本案判決があるまで停止する。

との裁判を求める。

申立の理由

一、行政処分と取消訴訟の提起

申立人高昌允(以下申立人高という)および同白順實(以下申立人白という)は、いずれも有効な旅券を所持せずに韓国から本邦に入国し、その余の申立人らは右両名の子であるが、昭和五八年一一月一四日相手方に対し右事実を申告したところ、大阪入国管理局入国審査官より出入国管理及び難民認定法(以下法という)二四条一号に該当すると認定され、口頭審理の請求をしたところ同局特別審理官により右認定は誤りがない旨の判定を受けた。

そこで、申立人らは申立外法務大臣(以下申立外大臣という)に異議申出をなしたが、昭和六一年三月三日申立外大臣は右異議の申出は理由がない旨の裁決(以下本件裁決という)をし、同月一〇日相手方は申立人らに対し退去強制令書を発付した(以下本件処分という)。

申立人らは、本日申立外大臣及び相手方を被告として御庁に対し本件裁決及び本件処分の取消しを求めて訴訟を提起した。

二、本件裁決及び本件処分の瑕疵

1、申立人らの経歴は、本訴状請求の原因第二項記載のとおりであるが、本件裁決及び本件処分は、一〇年以上もの間平穏な生活を営んできた申立人らの生活を破壊し、韓国に追放処分をなすものであるから、申立人らにはかり知れない苦痛と不利益を与えるものであり、確立した国際法規というべき世界人権宣言九条、難民の地位に関する条約、国際人権規約九条、一三条に違反し、ひいては憲法前文及び一三条にも違反する。

2、本件裁決及び本件処分は、申立人らに対して何ら納得のいく合理的な理由を示すことなくなされたものであり、憲法三一条に違反する。

3、申立人らの経歴、特に申立人白が韓国で政治的に迫害されている状況でやむなく本邦に在留する姉を頼つて入国したこと、密航に不法目的がないこと、在日中の真摯な生活態度、申立人らの安定した経済状態、申立人高輝禎ら三名が日本人と同様の生活を送り、かつ教育を受けていること等を考えると、申立外大臣は申立人らに対し人道的見地からの配慮をすべきであつたのに、法五〇条一項所定の在留特別許可(以下特在許可という)を付与することなく、本件裁決をしたものであるから、本件裁決には裁量権の範囲を逸脱したか又は裁量権を濫用した違法がある。

4、申立外大臣に対する異議申出者の七割以上の者に特在許可が付与されているという過去の行政実態、夫婦とも不法入国した者であつても長期間本邦に在留して生活の基盤が確立している者に対しては、特在許可がなされることが多いという行政先例の存在に照らして、他に何ら特段の事情が存在しないにもかかわらず、申立人らに対し特在許可を付与しなかつた本件裁決は、憲法一四条、国際人権規約B規約二六条の平等原則に違反する。

三、執行停止の緊急性、必要性

申立人らに対する本件処分に基づき、申立人高は大村入国者収容所に収容中であり、またその他の被申請人らも収容されて韓国にいつ強制送還されるか知れない状態にある。

申立人らが強制送還されれば、本案の訴の利益が消滅することとなるとともに、収容それ自体が申立人らに対する精神的、肉体的苦痛の極めて大きいものであるから、本件処分の執行を停止すべき緊急の必要性がある。

右二記載の訴状請求原因第二項

1 原告らの経歴

原告高は、一九四四年一〇月八日朝鮮において、父高太岩、母文彬来の長男として出生し、その後韓国で成育したものであるが、一九六八年(昭和四三年)三月より海産物運搬会社(永九海運)を経営していた。しかるところ、昭和四六年四月、本邦明石海峡付近で海運事故のため原告高の所有船が沈没し、そのため永九海運は昭和四八年三月倒産した。

原告高は、同年一〇月一五日頃、右事故の補償交渉のため本邦に入国したが、補償交渉が進展しなかつたので本邦での居住を決意し、昭和四九年よりヘツプ加工業を営んでいる。

原告白は、一九四五年(昭和二〇年)一一月九日朝鮮において、亡父白楽順、亡母洪性梅の三女として出生したが、両親は済州島事件で処刑され、以後姉白元實によつて育てられた。

原告白の姉白元實は昭和三六年に本邦に入国したが、その後在留特別許可を付与されている。

原告白は昭和四七年一〇月頃、姉元實を頼つて本邦に入国し、本邦においてヘツプ加工業者の下で働いていたが、昭和四九年五月五日原告高と結婚した。

原告輝禎は、原告高と原告白の長男として一九七六年二月一二日出生し、現在金剛学園小学校五年在学中であり、原告義朗は、一九七九年一一月一一日右両名の二男として出生し、大阪市立田島小学校一年在学中であり、原告義英は、一九八一年一二月一五日右両名の三男として出生し、保育園に入園している。

原告高及び原告白は、本邦入国後主としてヘツプ加工業に従事して真面目に働いてきたもので、昭和四九年に結婚した後は、夫婦で協力して幸福な家庭を築いてきたものである。

原告高は、昭和五九年六月一二日現在居住している土地建物を購入して、自宅でヘツプ加工業を営んでいる。

原告高輝禎、同高義朗、同高義英は、日本で生れ、日本で育つたものであるので、日本人と同様の生活習慣の下で生活しており、日本語しか理解することができない。

別紙(二)

意見書

(意見の趣旨)

本件執行停止の申立てを却下する

申立費用は申立人らの負担とする

との決定を求める。

(意見の理由)

本件執行停止の申立ては、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)二五条二項及び三項の要件を欠き失当であるから、却下されるべきである。

以下この点につき、被申立人の意見を詳述する。

第一 申立人らの経歴について

(高昌允)

一 申立人高昌允(以下「申立人高」という。)は、韓国ソウル特別市銅雀区鷺梁津洞街三一〇番地六四に本籍を有する韓国人である(疎乙第一号証)。

二 申立人高は、昭和一九年一〇月八日、韓国済州道済州市三徒里二一一番地において、いずれも韓国に国籍を有する父高太岩、母文彬来の間に七人兄弟の長男として出生し、地元の国民学校を卒業後家業である海産物卸売業の手伝いをし、昭和三九年から約二年間の兵役後釜山市内において個人で海産物の貿易業(日本への輸出)を始めた。しかし、昭和四六年四月ころ、持船が衝突事故をおこしたため経営が悪化して倒産し、その後昭和四八年一〇月ころ当時本邦に不法入国して潜在中であつた友人白漢炯(申立人白順實の兄)を頼り出稼ぎ(稼働)の目的を持つて有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく本邦に不法入国し、昭和五八年一一月一四日、右不法入国の事実を大阪入国管理局(以下「当局」という。)に申告するまでひそかに本邦に潜在していたものである。

三 申立人高は、前記不法入国後いつたん神戸市長田区内の前記白漢炯方に身を寄せ、その後東大阪市内で乳母車部品製造工、昭和四九年三月ころから大阪市生野区内でヘツプ工、昭和五二年二月ころから神戸市須磨区、同市長田区で靴加工業、昭和五七年二月ころから再び大阪市生野区でヘツプ加工業をして稼働した。

(以上疎乙第四〇ないし四二号証)

なお、申立人高は、昭和四九年一月一六日、本邦に不法入国して潜在中であつた申立人白順實と婚姻申告をしている(疎乙第一号証)。

(白順實)

一 申立人白順實(以下「申立人白」という。)は、韓国ソウル特別市銅雀区鷺梁津洞街三一〇番地六四に本籍を有する韓国人である(疎乙第一号証)。

二 申立人白は、昭和二〇年九月一三日、韓国済州道済州市禾北里四一五六番地において、いずれも韓国に国籍を有する父白楽順、母高貞奉との間に九人兄弟の末子として出生し、地元の国民学校、女子中学校を経て済州女子高等学校へ入学したが同校を一年で中退後、家事手伝い、店員などとして稼働した。

三 申立人白は、昭和四七年一一月ころ本邦に居住する姉白元實を頼り出稼ぎ(稼働)の目的を持つて有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく本邦に不法入国し、大阪市生野区内でネームプレート製造工、ヘツプミシン工などをして稼働した。

申立人白は、申立人高と婚姻後の昭和四九年一〇月二三日当局に摘発されたが、自己が独身である旨嘘をいい、不法入国潜在中の夫申立人高との同居事実を申告しないまま退去強制手続を受け入国審査官の認定に服して同年一一月二八日大阪空港から自費出国した(疎乙第三九、四三号証)。

四 しかし、申立人白は、前記自費出国をする当初から本国で生活するつもりはなく、本国に帰国後直ちに本邦に再密入国する意図であつたところ(疎乙第四六号証六項)、帰国後韓国在住の兄に密航料を払つてもらい、昭和五〇年五月ころ、本邦に不法入国して潜在中であつた夫申立人高とともに前同様の目的で、有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく本邦へ再び不法入国し、大阪市生野区内で申立人高と同せいし、次女申立人高輝禎、長男申立人高義朗、三女申立人高義英をもうけるとともに自らはヘツプミシン工として稼働し、昭和五八年一一月一四日、右不法入国の事実を当局に申告するまでひそかに本邦に潜在していたものである。

(以上疎乙第四三ないし四七号証)

(高輝禎、高義朗、高義英)

申立人高輝禎(以下「申立人輝禎」という。)は、昭和五一年二月一二日大阪市生野区内において、同高義朗(以下「申立人義朗」という。)は、昭和五四年一一月一一日同区内において、同高義英(以下「申立人義英」という。)は、昭和五六年一一月一五日神戸市須磨区内においてそれぞれ申立人高と同白を両親として出生したが、いずれも在留資格取得の許可申請をすることなく、法定の期間を越えて本邦に不法に残留していたものである(疎乙第四一、四七号証)。

第二 本件退去強制令書発付の経緯について

一 当局入国警備官は、申立人高、同白については出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)二四条一号に、申立人輝禎、同義朗、同義英(以下「申立人輝禎ら」という。)については法二四条七号にそれぞれ該当する疑いがあるとして違反調査に着手し、調査の結果、昭和六〇年一〇月一四日右申立人らを当該各法条該当容疑者として、それぞれ当局入国審査官に引き渡した。

二 当局入国審査官は、申立人らの審査を行い、昭和六〇年一一月一日、申立人高につき法二四条一号に該当する旨の、同年一〇月二五日、同白につき法二四条一号に該当する旨の、同日、同輝禎らにつきいずれも法二四条七号に該当する旨の認定をそれぞれ行つた(疎乙第三ないし一二号証)。

三 申立人らは、右認定に対し、いずれも当局特別審理官に口頭審理を請求したため、当局特別審理官は、申立人らの口頭審理を行い、昭和六〇年一一月二九日、申立人高につき、同月三〇日、同白及び輝禎らにつき、いずれも申立人らに関する入国審査官の各認定には誤りがない旨判定し、右各同日、申立人らにそれぞれその旨を通知した(疎乙第一三ないし二二号証)。

四 申立人らは、右判定に対し、いずれも法務大臣に異議の申出をなしたが、法務大臣は、昭和六一年三月三日、申立人らの異議の申出は理由がない旨裁決し(以下「本件裁決」という。)、その旨当局主任審査官に通知し、同主任審査官は、同月一〇日申立人らに本件裁決結果を告知するとともに退去強制令書(以下「退令」という。)を発付した(以下「本件発付処分」という。疎乙第二三ないし三八号証)。

五 当局入国警備官は、申立人らに対し、それぞれ右同日退令を執行し当局収容場に収容したが、当局主任審査官は、同日申立人白及び同輝禎らに対し、帰国のための家事整理の必要性を考慮し仮放免を許可した(疎乙第三四ないし三九号証)。

なお、申立人高は同月一八日大村入国者収容所に移送され現在同所に収容中である。

第三 本件申立ては、本案について理由がないことが明らかであることについて

一 本件発付処分の適法性について

主任審査官による退令発付処分は、退去強制事由の存在を肯定した入国審査官の認定が確定した場合、すなわち、容疑者が認定に服し口頭審理を請求しなかつた場合(法四七条四項)、特別審理官が認定に誤りがない旨判定し、容疑者が当該判定に服し、異議の申出をしなかつた場合(法四八条八項)、あるいは法務大臣が異議の申出は理由がない旨裁決した場合のいずれかの場合になされるものであつて、これらの場合、主任審査官は必ず退令を発付しなければならず、そこには何ら裁量の余地は存しないのであるから、退令発付処分の性質は覇束処分であることが明らかである。

本件の場合は、前記第二記載のとおり、入国審査官による認定、特別審理官による判定及び法務大臣の裁決を経て主任審査官により適法に退令発付処分がなされたものであることは明らかであるから、そこには何らの違法はない。

二 本件裁決に裁量権の濫用、逸脱の違法がある旨の主張について

1 法五〇条所定の在留特別許可(以下「特在許可」という。)を与えるか否かの判断は、法務大臣の自由裁量に属するものであり(最高裁昭和三二年六月一九日判決・刑集一一巻六号一六六三ページ、東京高裁昭和三二年一〇月三一日判決・行裁例集八巻一〇号一九三〇ページ、最高裁昭和三四年一一月一〇日判決・民集一三巻一二号一四九三ページ)、しかも、特在許可は、法務大臣が当該外国人の個人的事情のみならず、国際情勢、外交政策等の客観的事情を総合的に考慮したうえその責任において決定されるべき恩恵的措置であつて、その裁量の範囲は極めて広いものであり(前記東京高裁判決参照)、それゆえ法務大臣の右判断は十分尊重されてしかるべきものである。

このように法務大臣による特在許可の拒否の裁量は、広範な自由裁量に属するものであるから、当該裁量が違法とされるのは、裁量権の濫用又はその範囲の逸脱がある場合に限られるものであり、かつ、前述のような特在許可の法的性質を考慮すると、右裁量権の濫用又はその範囲の逸脱があるとされる場合とは、特在許可を与えないとした判断が、事実の基礎を欠くか、又は右判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明白である場合に限られるというべきである(最高裁昭和五三年一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二二ページ・マクリーン最高裁判決参照)。

2 そこで、これを申立人らの個人的事情についてみてみるに、申立人らに関しては次のような事情があり、このことからすれば、右の限定的場合に当たるとは到底認められるものではない。

(一) 申立人高及び同白は、前記第一記載のとおり、本国で出生、成育し、教育を受け、稼働するなどその人生の大半を本国で過してきたものであつて、申立人高については父、母、弟及び妹六名全員、長女(高慧禎)が本国に居住していてそれぞれ定職を有するなどして生活しており(疎乙第四一、四二号証)、また申立人白については母及び姉白花實が本国に居住していて自活しており(なお、父及び前記白元實を除く兄全員は既に死亡している。疎乙第四七号証)、他方、申立人らは本邦において大阪市内及び神戸市内を転々とし、職業についても必ずしも一定していたわけではなく、居住用の宅地建物を購入したのも不法入国の事実を当局に申告した後の法二七条に基づく違反調査中の昭和五九年六月一二日のことであり(疎甲第四号証)、右購入から日も浅く、申立人らの置くべき生活の本拠は本国にあるというべきである。

(二) 申立人高及び同白の年令、健康状態、現在までの経歴などを総合すれば、申立人ら家族が本国においてその生活を維持することには何ら障害はない。

すなわち、申立人高は、本国で家業である海産物卸売業や海産物の貿易業をしていたもので、特に貿易業においては二隻の持船を所有して営業をしていたものであり(疎乙第四〇、四二号証)、同人の母が現在も済州市内で海産物卸売業を営んでいること、同人の父が本籍地であるソウル市内でタイル販売業を営んで申立人高の弟及び妹合計三名を扶養していること、さらに、申立人高の弟が済州市内でタイル販売業を営んでいることなどが認められるのであるから(疎乙第四一号証)、申立人高が本国に帰国後かねてしていた海産物卸売業や海産物の貿易業を営んだり、父又は弟とともにタイル販売業をすることは比較的容易であると思料され、申立人白についても本国で工員や店員として稼働していたものであり(疎乙第四三号証)、本国に帰国後同様に工員又は店員として稼働したり、夫である申立人高の営業の手伝いをすることができるものと思料される上、申立人ら家族全員は現在何ら異常がない健康な男女であり、申立人高は満四一歳、申立人白は満四〇歳のいわば働き盛りの年令であつて、本国に帰国後生活の基盤を作るためには決して遅すぎる年令といえるものではない。

そして、申立人高は、銀行預金及び仮放免保証金合計五三〇万円以上、宅地建物(購入価格一二五〇万円)及びミシン八台(購入価格一二〇万円)を所有しており(疎甲第四号証、疎乙第四一号証六項)、本国に帰国する際にはそれらを払戻しあるいは換金して相当額の現金を持ち帰ることができるのであつて(申立人高は、右宅地建物の売却を身元保証人である白元實に依頼するつもりである旨供述している(疎乙第四二号証))、右金額は日韓両国の貨幣価値の相違を考えれば、相当高額に達するものであり、これを申立人らの生活維持の資本とすることもできるのであるから、韓国における申立人ら家族五人の生活に何ら不安はないというべきである。

なお、申立人白は韓国語については不自由なく読み書きできるものの日本語については読み書きができず日常会話程度の会話しかできないというのであるから(疎乙第四五号証)、本国においての方が生活しやすいものというべきであろう。

(三) 申立人高及び同白は、本邦に不法入国して潜在中婚姻届をなしたものであり、右申立人らの本邦における生活関係は、違法状態の上に積み重ねられてきたもので、右申立人らが送還により本邦での生活関係を維持し得なくなり、清算を余儀なくされるとしても、それらは当初から客観的に予定されていたものとして当然の結果であるし、右申立人らもこれを十分予見していたものであり、したがつて、仮に、右清算により申立人らにおいて不利益を被るとしても、それは同人らにおいて受忍すべきものであつて、申立人らは、本件裁決及び本件発付処分が「一〇年以上もの間平穏な生活を営んできた申立人らの生活を破壊」するものであると主張するが(本件執行停止申立書二1)、そのことをもつて特在許可を与えるべき理由にはならないというべきである。

(四) 申立人らは、「申立人白が韓国で政治的に迫害されている状況でやむなく本邦に在留する姉を頼つて入国した」と主張しているが(前記申立書二3)、申立人白は、両親が昭和二三年ころに済州島事件で死亡した旨供述しているものの(疎甲第一号証、疎乙第四三、四五号証)、申立人白自身が本国で政治的に迫害されていたとの事実を疎明する資料は一切存せず、むしろ、出稼ぎの目的で密航した旨明確に供述していて(疎乙第四五号証五項)、昭和四九年一一月二八日に本国に自費で帰国後も本国で迫害を受けたと認められる形跡がないことや、姉白花實が済州市において家族六人とともに平穏に生活していること(疎乙第四七号証二項)からしても申立人らの前記主張は措信しがたいのである。さらに、申立人白の父白楽順は昭和三四年一二月一〇日に本籍地である申立人白の生家で死亡したのであつて(疎乙第二号証)、済州島事件が発生した昭和二三年四月に死亡したものではないことが明らかであり(疎乙第五〇、五四号証)、また、申立人白が実の母であると称する洪性左(疎乙第四六号証三項)については、戸籍謄本の記載とは明らかに相違していることから(疎乙第一号証)、同女が実存するかどうかの疎明はないものといわざるをえず、結局申立人らの前記主張は到底採用されるべきものではないというべきである。

(五) 申立人らは、さらに、「密航に不法目的がないこと」、「在日中の真摯な生活態度」、「申立人らの安定した経済状態」、「申立人高輝禎ら三名が日本人と同様の生活を送りかつ教育を受けていること」から法務大臣が申立人らに対し人道的見地から配慮をすべきであつて特在許可を与えるべきであつたと主張するが(前記申立書二3)、密航に不法目的がないことについては、我が国への不法入国者は出稼ぎの目的をもつて不法入国する者であるのが通例であり、したがつてその目的に不法目的が無いことをもつて特に有利な事情として考慮すべき理由はないというべきである。

なお、この点に関し、申立人らは、申立人高が本邦に入国したのは前記第一記載の持船の衝突事故の補償交渉のためであつたかのように主張し(申立人らの別件行政処分取消請求事件昭和六一年五月二六日付け訴状二1)、申立人高もそれに沿う供述をしているが(疎乙第四〇号証一項)、他方申立人高は、右衝突事故後間もなくの昭和四六年九月ころ正規の手続を経て本邦に入国し、約半月の間滞在して補償交渉に当たつたと供述しているのであつて、さらに昭和四八年一〇月に補償交渉のために本邦に入国するつもりであるのならば、貨物船の機関室の奥に隠れて密入国する必要はないのであるし(疎乙第四〇号証三、四項)、本邦に不法入国後前記白漢[火同]方にいつたん身を寄せた後約一週間後には東大阪市内で乳母車部品製造工として稼働し始めていること、本国で持船や自宅を売却した後本邦に入国していることなどの事情を総合すると申立人高の入国目的が出稼ぎの目的であつて補償交渉の目的でなかつたことは明らかである。

そして、申立人らの不法在留中の生活態度や経済状態、さらに申立人輝禎らが日本人同様の生活を送り教育を受けていることについては(疎甲第一〇ないし一五号証)、前記(三)記載のとおりいずれも申立人高及び同白が不法入国したことによつて違法状態の上に積み重ねられてきたものであつて、これらをもつて特在許可を与えるべき理由にはならないというべきであり、申立人輝禎らは、申立人高及び同白を父母とし、その扶養を受けている者であるから父母とともに本国へ帰国することは当然であつて、申立人輝禎らが仮に日本人と同様の生活を送りかつ教育を受けていたとしても、それが申立人ら一家五人が本邦に在留しなくてはならない理由とは認められず、申立人輝禎については金剛学園小学校で韓国語の教育を受けているものと考えられ(疎甲第二号証の一参照)、また、帰国語は本国の教育機関で教育を受け自国語も学べるのであるから(疎乙第四九号証)、申立人輝禎らの教育に関し何ら障害となるべき事情は存しない。

(六) 申立人高及び同白には同時に退去強制令書を発付された申立人輝禎らを除いて本邦にその扶養を必要とすべき係累は在住しておらず、むしろ本国には前記(一)記載のとおり申立人高の父、母、弟及び妹六名全員、長女、申立人白の母、姉ら多数の親族が居住しているのであるから、申立人らのみが本国で生活を維持できないとは考えられないところであり、また本国において、これらの者に対し必要な限り扶養の義務を尽くすべきである(なお、疎甲第九号証の一、二によれば申立人高の父高太岩が申立人らの苦労をねぎらい、将来を案じていることがうかがえる)。

なお、申立人高は、戸籍謄本に記載されている長女高慧禎が父高太岩が拾い育てた全く他人の子供である旨供述しているが(疎乙第四一号証四項)、右高慧禎の出生当時高太岩には妻のほか六人の子供を扶養していたのであるからそれ以外にさらに他人の子供まで扶養しようとするものとは到底考えられず、申立人高の供述はそれ自体措信しがたいものである上、申立人高は、慧禎という名前は申告後取調べの段階で始めて知つた旨供述しているが(疎乙第四一号証四項)、申立人高は、右高慧禎と同じく「禎」という文字を申立人輝禎にもつけているところ、このようにいわゆる行列法による命名からすると高慧禎と高輝禎が姉妹であり、結局高慧禎が申立人高又は同白の子供あるいは右両名との間の子供と推測されるのである(疎乙第五五号証)。

以上の事情を考慮すれば、申立人らに対し、特在許可を与えないとした法務大臣の裁量には、その判断の前提となつた事実関係にも明白な誤りはなく、かつ、その判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明白であるとも到底いえないのであるから、何ら裁量権を濫用し、その範囲を逸脱したものといえない。

また、申立人らのような不法入国者の在留を認めないことは、後を絶たない不法入国の抑止的効果を含め出入国の公正な管理を図るという法一条の目的からしても適法な処分であることは、疑う余地がないといわねばならない。

三 世界人権宣言、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下、「国際人権規約」という。)、難民の地位に関する条約等の国際法規に違反する旨の主張について

右のうち「人権に関する世界宣言」は、その前文が示すごとく、「全ての人類と全ての国とが達成すべき共通の基準として」布告されたものであるから、それ自体が国際法規範としての拘束力を有するものではない。また、これは、勧告以上のものでもなく、あくまで道義の次元のものであることは最高裁判所の判決を始め多数の裁判例の示すところである(最高裁昭和五五年一月二四日判決・訟務月報二五巻五号一三八二ページ)。

次に、国際人権規約については、その九条、何人も恣意的に逮捕又は抑留されないこと、すなわち、法律で定める理由及び手続によつてのみ身体の自由を奪われること、また、一三条は、外国人は、法律に基づいて行われた決定によつてのみ追放されることをそれぞれ中核として定めた手続規定であるところ、申立人らが主張するように、一定の事情の存在を前提として外国人の追放を禁ずるというような実体的規定でないことは明らかである。しかして、本件裁決及び本件発付処分が、法律に基づく手続に依拠してなされたものであることは前記第二で述べたところからも、また疎明資料からも明らかである。

なお、難民の地位に関する条約は、難民であるとの認定を受けて始めてその適用があるところ、難民であるとの主張もせず、また、そのような事情にはない申立人らにその適用を論ずる余地はない。

以上のとおり、申立人らの前記主張は理由がないものである。

四 憲法前文、同一三条及び同三一条に違反する旨の主張について

憲法前文は、国政の指針とすべき一定の理念を定めたものと解することが相当であり、そこには裁判規範性を認めることはできない(札幌高裁昭和五一年八月五日判決・行裁例集二七巻八号一一七五ページ)とされている。

次に、申立人らのような事情にある不法入国者を退去強制することが直ちに「個人の尊厳」に反すると言えるものでないことも明らかであつて、本件裁決は憲法一三条にも違反しない。

また、本件裁決が法律の定める手続に則りなされたものであることは既に明らかにしたとおりであつて、何ら違法はない。

申立人らは、本件裁決等の手続が合理的な理由を示さずに行なわれたとし、憲法三一条に違反する旨主張するが、本件手続は、申立人らが不法入国及び不法残留した者であるという明確な事実を挙示してなされたものであることは、これまでに被申立人が提出した資料により明らかであり、何ら違法なところはない。仮に、右主張が法五〇条所定の特在許可が付与されなかつたことに関するものであるとしても、前述のとおり同許可の許容の判断は法務大臣の広範な自由裁量に属するものであるから、その判断の理由は、特にこれを示すべきであるとする法律の規定がない以上何ら示す必要はなく、憲法の右規定もこの結論を左右するものではない(東京高裁昭和五四年一月三〇日判決・訟務月報二五巻五号一三八二ページ)。

以上のとおり、申立人らの憲法違反に関する主張も全く理由のないものである。

五 行政先例違反、平等原則違反の主張について

申立人らは、本件裁決等は、過去の行政先例に照らして、憲法一四条、国際人権規約B規約二六条の平等原則に違反する旨主張する。

しかし、特在許可の許否の裁量においては、前述のとおり当該外国人の個人的事情及び公益にかかる国内事情並びに国益にかかるその時々における外交関係などの客観的事情が総合的に考慮されているのであるから、そこにおいては特定の事案と対比し得る行政先例の存在成立する余地は全く無い(最高裁昭和五五年一〇月二三日判決、疎乙第四八号証)。ちなみに、申立人らのいう夫婦とも不法入国した者で長期間本邦に在留して生活の基礎が確立している者たちといつても、その入国時期、動機、方法の一つをとつてみても画一的でなくその個人的事情においてはまさに千差万別であることから本件同様法務大臣の特在許可を付与しない処分を争つた事案においても、現に申立人らのいうような行政実態、行政先例など全く存在しないものであるとしていずれも法務大臣の処分を適法としているものである(疎乙第五一、五二号証)。

仮に、申立人ら主張のような行政先例なるものを想定したとしても、先例と相違することをもつて、直ちに裁量権の濫用ないし逸脱があるといえるものではない(東京高裁昭和五四年一月三〇日判決、疎乙第五三号証参照)。

なお、申立人らは、異議申出者の七割以上の者に特在許可が付与されているという過去の行政実態を指摘するがそれは、たまたま統計結果がそうなつたと言うにすぎず、このような統計的事実によつて特在許可自体の法的性質に変化を来たすものでないことは明らかである。

第四 回復困難な損害を避けるための緊急の必要性の存しないことについて

一 申立人らは、退令を執行されると本案訴訟の追行が困難になり、本案訴訟に勝訴してもその目的を達しえなくなる旨主張する。

しかし、既述のとおり申立人らの提起した本案訴訟はその理由のないことが明らかであり、しかも、該本案訴訟には訴訟代理人が選任されており、国際電話等の利用も可能であるから、訴訟追行に何ら支障はないというべきである。また、退令の執行により申立人らが韓国に送還されたとしても、その後、仮に申立人らが本案訴訟に勝訴したときは旅券等を所持して本邦に正規入国することは可能であり、その場合においては、法五条一項九号後段の適用を免れるうえ、本邦での在留が容認されるのであるから、退令の執行が本案訴訟の訴えの利益を消滅させるものではなく、申立人らの主張は失当である。

二 また、申立人らに対する収容の継続が仮に申立人らに対し多少の肉体的精神的苦痛を与えるとしても、それが退去強制令書に基づく収容に通常随伴して発生する範囲内のものである限り法の予見認容するところである。

このように、行政処分の執行により発生する損害が、行政処分の根拠法たる法律がその処分の執行につき通常発生するものとする範囲内のものである限り、受認限度内のものとして行訴法二五条二項にいう「回復困難な損害」には当たらないと言うべきである。

三 しかるに、退令に基づく執行のうち、その収容部分までをも行訴法二五条二項により停止することは、法による外国人在留管理行政の根幹たる在留資格制度(法第十九条第一項)を混乱させるものであつて、正に行訴法二五条の定める執行停止制度の濫用となるものというべきである。

すなわち、行訴法二五条一項は、まず「執行不停止の原則」を掲げ、同条二項、三項において例外的に執行を停止しうることを規定しているが、これはあくまでも申立人らが現在保有している権利・利益の保全のため暫定的措置として認められているものである。

したがつて、行政処分の執行を停止する場合には、正当な権利・利益の暫定的保全という目的達成のため必要最小限の範囲に止めるべきであり、その範囲を越え結果として新たな行政処分がなされたと同一の状態を招来し、被処分者に対して新たなる利益の保持を可能ならしめるような執行停止は、その濫用になるといわねばならず、ひいては司法が行政権限を代行したと評し得ることともなり、「三権分立の原則」にも反することとなるのである。

退令収容の執行停止は、前述のように被退令発付者たる申立人らに対し、相当長期間にわたる本邦在留を可能ならしめ、しかも入国審査官等による上陸許可、法務大臣による在留資格取得許可あるいは特在許可が与えられないまま、あたかも不法入国し、違法に在留していた状態と何ら変らない状態を作り出すものである。したがつて、その場合法七条一項各号所定の上陸許可の条件は何ら考慮されず、また、法二二条の二第三項において準用する法二〇条三項にいう在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由があるか否かの判断並びに当該在留資格に属する者の行うべき活動に係る行政の所管大臣との協議もなされず、さらには、法五〇条により法務大臣が特在許可を与える場合考慮される国際情勢、国内政策その他主観的、客観的事情についての判断もなされないまま、不法入国者を日本社会の中に放免する結果となるのである。

法律による厳格な手続きを経た後、初めて許される外国人の本邦在留(それも在留資格、在留期間による制約がある。)が、司法機関により、手続的には略式の保全訴訟手続を定めた行訴法の執行停止制度により簡単に、しかも正規に入国あるいは在留を許可された者よりも格段に有利な条件(正規に在留している外国人が本邦在留するにつき種種の規制を受けているのに比して何らの規制も受けることなく日本国民と何ら変らない活動をすることが、あたかも公認されたような状態)によつて許容され得ることは法制度上からも許されるべきではない。

以上のとおり、本件退令収容部分まで執行停止をすることは、行訴法上の執行停止制度の趣旨に反し、その濫用となるものであることは明らかである。

四 申立人白、同輝禎らについて、本件各退令に基づく収容部分の執行を停止すべき緊急の必要性がないことについて

申立人白、同輝禎らについて、本件各退令に基づく送還部分の執行が停止されるべきでないことは前記のところから明らかであるが、仮に、万歩譲つて右送還部分の執行が停止されることがあつたとしても、前記第二、五記載のごとく右申立人らに対し、仮放免が許可されているものであるところ、右送還部分の執行が停止される以上、右仮放免の許可はその理由が存続する限り継続されることが見込まれるのであるから、申立人白、同輝禎ら本件各令書に基づく収容部分の執行を停止すべき緊急の必要性はないというべきである(大阪高裁昭和五〇年八月二八日決定・訟務月報二一巻一〇号二〇八四ページ)。

第五 退令の執行を停止することが公共の福祉へ重大な影響を及ぼすおそれがあることについて

一 退去強制の実施については、被退去強制者を速やかに所定の送還先に送還し、もつて我が国社会にとつて好ましくない外国人を排除するという目的を達するため、その時期、方法等について高度の政治的判断、応変の措置等が必要とされるのであり、退令の発付を受けた者が抗告訴訟を提起し、あわせて退令の執行停止を申し立てた場合、単に本案訴訟の提起、係属を理由に安易に退令に基づく送還停止を認めるとすれば、本案訴訟の係属している期間中、このような不法入国者の送還を長期にわたり、不可能とすることになり、出入国管理行政を長期間停滞させるとともにはなはだしい打撃を与えているばかりか、送還先の国(本件の場合は申立人高及び同白が密出国した韓国)の受け入れ準備を無意味ならしめ、日本国の国際上の信用を著しく損なうものであつて到底容認し得ないものである。

二 前記のとおり、退令を発付された者は、その執行を受け収容されることになるが(法五二条五項)、この退令収容の目的は単に送還のための身柄の確保のみならず、被退去強制者を隔離してその在留活動を禁止することにある。

一方、退令を発付された外国人は、退令収容された場合でも収容を継続することが妥当性を欠くなどの事態に至つた場合には、住居及び行動範囲の制限、呼出しに対する出頭の義務、その他必要と認める条件を付し、更に三〇〇万円以上の保証金を納付させ、保証人を立てさせる等して在留活動を制限し例外的措置として期限を区切つて仮放免をなすことができることとなつている(法五四条二項)。

しかるところ、仮に退令発付された申立人らに対して、送還部分のみならず収容部分までその執行を停止することになれば正式に入国し適法に在留する外国人が法による規制を受けるのに比し、違法な入国、不法に在留する者らが法の定める何らの規制を受けることなく全くの放任状態のまま司法機関によつて公認された形で在留させる結果になるのである。

このことは、裁判所が行政処分に積極的に干渉して仮の地位を定める結果を招来し、行訴法四四条の趣旨に反し三権分立の建前にも反するものであるばかりか法の定める外国人管理の基本的支柱たる在留資格制度(法第一九条第一項)を著しく混乱させるものであり、仮放免許可と異なり申立人らを何らの規制を受けることなく野放し状態で在留させることとなるのである。

また、収容部分までの執行を停止するとすれば、申立人らの仮放免中、保証金を納入させる等の逃亡防止を担保するいつさいの手段がなくなり、逃亡により退去強制令書の執行を不能にする事態も当然考えられるのであり、このような事態は本件同様、不法入国する者を誘発、助長するものであつて、公共の福祉に重大な影響を及ぼすものである。

第六 以上のとおり、申立人らの本件申立は、いずれも執行停止の各要件を欠くものであるから、貴裁判所におかれては速やかに本件申立を却下されるよう意見を申し述べる次第である。

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